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泣けるコピペ 傑作選

1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/18(木) 20:07:42.69 ID:avL2xVsr0
私の母は昔から体が弱くて、それが理由かは知らないが、
母の作る弁当はお世辞にも華やかとは言えない質素で見映えの悪い物ばかりだった。
友達に見られるのが恥ずかしくて、毎日食堂へ行き、お弁当はゴミ箱へ捨てていた。
ある朝母が嬉しそうに「今日は〇〇の大好きな海老入れといたよ」と私に言ってきた。
私は生返事でそのまま高校へ行き、こっそり中身を確認した。
すると確に海老が入っていたが殻剥きもめちゃくちゃだし
彩りも悪いし、とても食べられなかった。
家に帰ると母は私に「今日の弁当美味しかった?」としつこく尋ねてきた。
私はその時イライラしていたし、いつもの母の弁当に対する鬱憤も溜っていたので
「うるさいな!あんな汚い弁当捨てたよ!もう作らなくていいから」とついきつく言ってしまった。
母は悲しそうに「気付かなくてごめんね…」と言いそれから弁当を作らなくなった。
それから半年後、母は死んだ。私の知らない病気だった。母の遺品を整理していたら、日記が出てきた。
中を見ると弁当のことばかり書いていた。
「手の震えが止まらず上手く卵が焼けない」 日記はあの日で終わっていた。



4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/18(木) 20:10:02.39 ID:avL2xVsr0
ある病室に2人の末期ガンの患者が入院していた。
一人は窓側のベッド、もう一人はドア側のベッド。
2人とも寝たきりの状態だったが、窓際のベッドの男は
ドア側のベッドの男に窓の外の様子を話してあげていた。
「今日は雲一つない青空だ。」「桜の花がさいたよ。」「ツバメが巣を作ったんだ。」
そんな会話のおかげで死を間近に控えながらも2人は穏やかに過ごしていた。
ある晩、窓際のベッドの男の様態が急変した。自分でナースコールも出来ないようだ。
ドア側の男はナースコールに手を伸ばした。が、ボタンを押す手をとめた。
「もしあいつが死んだら、自分が窓からの景色を直接見れる・・・」
どうせお互い先のない命、少しでも安らかな時をすごしたいと思ったドア側のベッドの男は、
自分は眠っていたということにして、窓側のベッドの男を見殺しにした。
窓側のベッドの男はそのまま死亡した。
晴れて窓側のベッドに移動したドア側のベッドの男が窓の外に見たのは、
打ちっ放しのコンクリートの壁だった。




6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/18(木) 20:12:33.00 ID:avL2xVsr0
「OKINAWAに行かない?」

いきなり母が電話で聞いてきた。 当時、大学三年生で就活で大変な頃だった。
「忙しいから駄目」と言ったのだが母はなかなか諦めない。
「どうしても駄目?」「今大事な時期だから。就職決まったらね」
「そう・・・」母は残念そうに電話を切った。 急になんだろうと思ったが気にしないでおいた。

それから半年後に母が死んだ。癌だった。 医者からは余命半年と言われてたらしい。
医者や親戚には息子が今大事な時期で、心配するから連絡しないでくれと念を押していたらしい。
父母俺と三人家族で中学の頃、父が交通事故で死に、
パートをして大学まで行かせてくれた母。
OKINAWAに行きたいというのは今まで俺のためだけに生きてきた母の最初で最後のワガママだった。

叔母から母が病院で最後まで持っていた小学生の頃の自分の絵日記を渡された。
パラパラとめくると写真が挟んであるページがあった。
絵日記には

「今日はOKINAWAに遊びにきた。海がきれいで雲がきれいですごく楽しい。
ずっと遊んでいたら旅館に帰ってから全身がやけてむちゃくちゃ痛かった。」
・・・というような事が書いてあった。すっかり忘れていた記憶を思い出す事が出来た。

自分は大きくなったらお金を貯めて父母をOKINAWAに連れていってあげる。
というようなことをこの旅行の後、言ったと思う。
母はそれをずっと覚えていたのだ。
そして挟んである写真には自分を真ん中に砂浜での三人が楽しそうに映っていた。

自分は母が電話をしてきた時、どうして母の唯一のワガママを聞いてやれなかったのか。
もう恩返しする事が出来ない・・・ 涙がぶわっと溢れてきて止められなかった。




25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/18(木) 22:53:36.26 ID:AKYk+FjU0
>>6
OKINAWAで笑ってしまう




7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/18(木) 20:13:34.63 ID:avL2xVsr0
小学校の頃、クラスの友人が手から血を流していたのでティッシュを渡してあげた。
どうしたんだ?と聞いた所、ムカつく猫がいたので
捕まえて水の入ったポリバケツに放り込んだ際に引っかかれた。との事。
彼は捕まえたその状況をさも誇らしげに武勇伝の如くクラスの仲間に話し、
仲間数人で猫がどうなったかを今から見に行こう。って事になった。
現場に着くと、前日迄の雨で半分ほど水の入った業務用のポリバケツの中で、
体の半分以上が水に浸かり、小刻みに震える弱々しい子猫が今にも死にそうにしてた。
友人がバケツを足で蹴り倒し取り出した猫に「こいつ爆竹の刑にしない?」
と笑いながら皆に言った瞬間、普段温厚な自分の中で何かがはじけ、
気がつくと俺は落ちているポリバケツを拾い、思いっきりそいつの頭に投げつけてました。
更に、そばの用水路にそいつを蹴り落とす暴挙までやってしまった。
あっけにとられる他の友人達と、腰まで用水路に浸かり半泣きのそいつに
「お前、そこから上がったら爆竹の刑だから」と言い放つと、
弱って震える子猫を体操服でくるみ、自宅に連れ帰りました。
翌日、そいつが用水路に落ちた際に足を怪我してた事が判り、担任や親からしこたま絞り上げられ、
そいつの3歳上の兄貴からも帰り道で待ち伏せに合い殴られた。
クラスでは浮いてしまうし、猫一匹の為にさんざんな目にあってしまった。

あれから12年。
トムという名前を付けたその家族(猫)は、俺の布団の上でまるくなって息を引き取った。
猫で12年生きれば大往生だったと思う。
俺は固く冷たくなったトムに「おつかれさま」とタオルをかけてやると、
トムがいつも登っていた庭の桜の樹のそばに、丁重に埋めてあげました。
最初は人間不信で警戒しまくりだったトム。
最後は人間が大好きになってたトム。
そしてトムが大好きだった俺。
毎年春が近づくと近所の桜よりも一足早く、トムの桜が花を咲かせます。
そのたび幼き自分が勇気を出して行った行動を誇りに思う




8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/18(木) 20:15:23.95 ID:/VpBkxab0
155 名前: 水先案名無い人 Mail: sage 投稿日: 2008/12/05(金) 01:22:23 ID: G9grah8q0
松屋で悲惨な光景に遭遇しちまった。
オレの隣の香具師が豚めしの大盛りを食ってたのよ。
するとそいつは食ってる途中でなんか追加注文したくなったのか知らんが
入り口の券売機の前へ食券を買いにいったんだよ
そしたら店員がさ、もう帰ったと勘違いして半分以上残ってる丼をさげちまったのよ
そいつ可哀想に、戻ってきてしばらく呆然としてた。
でも小心者なのか何なのかそいつは文句を言うわけでもなく、その単品の食券を店員に渡してた。

っていうか店員、自分のミスに気づいてるくせに
「単品キムチ一丁~」なんて元気に言ってんじゃねぇーよ!
そいつ可哀想に単品キムチを食って帰っていったよ・
本当は豚めしにキムチ乗っけてハフハフ食いたかったんだろうな・・
そう思うとやりきれなくなる・・・
下げられた瞬間、何もできずにただアホ面してみてた自分が情けないよ!
今日ほど自分の無力さを痛感した瞬間はなかったと思う。
悪いことは悪いとハッキリ言える自分になりたいと思う。




10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/18(木) 20:16:38.42 ID:avL2xVsr0
>>8
そういう気持ち分かる




40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/18(木) 23:35:01.41 ID:4ItizyS1O
>>8
これ俺がモデルなんじゃないかヤダ泣きそう苦しい




9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/18(木) 20:15:32.02 ID:avL2xVsr0
俺んち母子家庭で貧乏だったから、ファミコン買えなかったよ。。。
すっげーうらやましかったな、持ってる奴が。俺が小6のときにクラスの給食費が無くなった時なんて、
「ファミコン持ってない奴が怪しい」なんて、真っ先に疑われたっけ。
貧乏の家になんか生まれてこなきゃよかった!って悪態ついたときの
母の悲しそうな目、今でも忘れないなぁ、、。
どーしても欲しくって、中学の時に新聞配達して金貯めた。
これでようやく遊べると思ったんだけど、ニチイのゲーム売り場の
前まで来て買うのやめた。そのかわりに小3の妹にアシックスの
ジャージを買ってやった。いままで俺のお下がりを折って着ていたから。
母にはハンドクリーム買ってやった。いっつも手が荒れてたから。
去年俺は結婚したんだけど、
結婚式前日に母に大事そうに錆びた ハンドクリームの缶を見せられた。
泣いたね、、。
初めて言ったよ「生んでくれてありがとう」って。




11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/18(木) 20:19:37.10 ID:pXjgagPZ0
>>9
泣いた




30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/18(木) 23:11:01.79 ID:vw51yI9nO
>>9は続きがあんだろw




12 :● ◆ASUKA..i1k :2010/11/18(木) 20:22:46.83 ID:24E37L6QO
京都市伏見区桂川河川敷で2月1日、無職片桐康晴被告が、
認知症の母親を殺害して無理心中を図ったとみられる事件の初公判が19日に行われた。
事件内容は認知症の母親の介護で生活苦に陥り、母と相談の上で殺害したというもの。
片桐被告は母を殺害した後、自分も自殺を図ったが発見され一命を取り留めたとの事。
片桐被告は両親と3人暮らしだったが、95年に父が死亡。その頃から、母に認知症の症状が出始め、一人で介護した。
母は05年4月ごろから昼夜が逆転。徘徊で警察に保護されるなど症状が進行した。
片桐被告は休職してデイケアを利用したが介護負担は軽減せず、9月に退職。
生活保護は、失業給付金などを理由に認められなかった。
介護と両立する仕事は見つからず、12月に失業保険の給付がストップ。カードローンの借り出しも限度額に達し、デイケア費やアパート代が払えなくなり、
06年1月31日に心中を決意した。

「最後の親孝行に」
片桐被告はこの日、車椅子の母を連れて京都市内を観光し、2月1日早朝、同市伏見区桂川河川敷の遊歩道で
「もう生きられへん。此処で終わりやで。」などと言うと、母は
「そうか、あかんか。康晴、一緒やで」と答えた。片桐被告が
「すまんな」と謝ると、母は
「こっちに来い」と呼び、片桐被告が母の額にくっつけると、母は
「康晴はわしの子や。わしがやったる」と言った。
この言葉を聞いて、片桐被告は殺害を決意。母の首を絞めて殺し、
自分も包丁で首を切って自殺を図った。
冒頭陳述の間、片桐被告は背筋を伸ばして上を向いていた。肩を震わせ、
眼鏡を外して右腕で涙をぬぐう場面もあった。
裁判では検察官が片桐被告が献身的な介護の末に失職等を経て追い詰められていく過程を供述。
殺害時の2人のやりとりや、
「母の命を奪ったが、もう一度母の子に生まれたい」という供述も紹介。
目を赤くした東尾裁判官が言葉を詰まらせ、刑務官も涙をこらえるようにまばたきするなど、法廷は静まり返った。




13 :マジ泣き :2010/11/18(木) 20:25:24.10 ID:avL2xVsr0
幼い頃に父が亡くなり、母は再婚もせずに俺を育ててくれた。学もなく、技術もなかった
母は、個人商店の手伝いみたいな仕事で生計を立てていた。それでも当時住んでいた
土地は、まだ人情が残っていたので、何とか母子二人で質素に暮らしていけた。

娯楽をする余裕なんてなく、日曜日は母の手作りの弁当を持って、近所の河原とかに
遊びに行っていた。給料をもらった次の日曜日には、クリームパンとコーラを買ってくれた。

ある日、母が勤め先からプロ野球のチケットを2枚もらってきた。俺は生まれて初めての
プロ野球観戦に興奮し、母はいつもより少しだけ豪華な弁当を作ってくれた。

野球場に着き、チケットを見せて入ろうとすると、係員に止められた。母がもらったのは
招待券ではなく優待券だった。チケット売り場で一人1000円ずつ払ってチケットを買わ
なければいけないと言われ、帰りの電車賃くらいしか持っていなかった俺たちは、外の
ベンチで弁当を食べて帰った。電車の中で無言の母に「楽しかったよ」と言ったら、
母は「母ちゃん、バカでごめんね」と言って涙を少しこぼした。

俺は母につらい思いをさせた貧乏と無学がとことん嫌になって、一生懸命に勉強した。
新聞奨学生として大学まで進み、いっぱしの社会人になった。結婚もして、母に孫を見せて
やることもできた。
そんな母が去年の暮れに亡くなった。死ぬ前に一度だけ目を覚まし、思い出したように
「野球、ごめんね」と言った。俺は「楽しかったよ」と言おうとしたが、最後まで声にならなかった。




17 :どうだ?>>15これは泣けるか? :2010/11/18(木) 21:51:23.95 ID:NmLT+r5Q0
小1の秋に母親が男作って家を出ていき、俺は親父の飯で育てられた。
当時は親父の下手くそな料理が嫌でたまらず、また母親が突然いなくなった
寂しさもあいまって俺は飯のたびに癇癪おこして大泣きしたりわめいたり、
ひどい時には焦げた卵焼きを親父に向けて投げつけたりなんてこともあった。
翌年、小2の春にあった遠足の弁当もやっぱり親父の手作り。
俺は嫌でたまらず、一口も食べずに友達にちょっとずつわけてもらったおかずと
持っていったお菓子のみで腹を満たした。弁当の中身は道に捨ててしまった。
家に帰って空の弁当箱を親父に渡すと、親父は俺が全部食べたんだと思い
涙目になりながら俺の頭をぐりぐりと撫で、「全部食ったか、えらいな!ありがとうなあ!」
と本当に嬉しそうな声と顔で言った。俺は本当のことなんてもちろん言えなかった。
でもその後の家庭訪問の時に、担任の先生が俺が遠足で弁当を捨てていたことを親父に言ったわけ。
親父は相当なショックを受けてて、でも先生が帰った後も俺に対して怒鳴ったりはせずにただ項垂れていた。
さすがに罪悪感を覚えた俺は気まずさもあってその夜、早々に布団にもぐりこんだ。
でもなかなか眠れず、やっぱり親父に謝ろうと思い親父のところに戻ろうとした。
流しのところの電気がついてたので皿でも洗ってんのかなと思って覗いたら、
親父が読みすぎたせいかボロボロになった料理の本と遠足の時に持ってった弁当箱を見ながら泣いていた。
で、俺はその時ようやく、自分がとんでもないことをしたんだってことを自覚した。
でも初めて見る泣いてる親父の姿にびびってしまい、謝ろうにもなかなか踏み出せない。
結局俺はまた布団に戻って、そんで心の中で親父に何回も謝りながら泣いた。
翌朝、弁当のことや今までのことを謝った俺の頭を親父はまたぐりぐりと撫でてくれて、
俺はそれ以来親父の作った飯を残すことは無くなった。
親父は去年死んだ。病院で息を引き取る間際、悲しいのと寂しいのとで頭が混乱しつつ涙と鼻水流しながら
「色々ありがとな、飯もありがとな、卵焼きありがとな、ほうれん草のアレとかすげえ美味かった」とか何とか言った俺に対し、
親父はもう声も出せない状態だったものの微かに笑いつつ頷いてくれた。
弁当のこととか色々、思い出すたび切なくて申し訳なくて泣きたくなる。




19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/18(木) 22:24:07.13 ID:PYG0pEH90
188 名無しさん@HOME sage New! 2007/07/09(月) 10:51:49 0
そうだね、面倒見切れないなら残念だけど施設に行ったほうが幸せかもしれない。

数年前、私の夫が99さんと同じくいきなり前妻の子供を引き取りたいって言ってきた。
前妻さんが、再婚する時も言われたそうだけど、もう私と結婚していて
「それは出来ない、お前が養育費出せ、子供を寄越せと言って来たんだから無理」
と私が知らない間に断ってた。
でも今回は再婚した前妻さんと前妻さんの現夫が子供を虐待してると聞いて
私に相談してきた。
私も、前妻さんの子供と仲良くやっていける自身はなかったけど、
初顔合わせの時、子供の顔を見て前妻さんに「私が引き取ります!」と言った。
面倒そうに連れられた前妻さんの子、長女は夏なのに長袖で、
腕と足には古いのと新しいのと混ざった、やけど、タバコの跡、赤と青の打撲痕。
暗い表情、汚れた服、虐待のオンパレードだった。

最初はご飯でさえ、びくびくしながら食べてた。
中にガラスや絵の具、ゴキブリが入ってたり、腐ったのを食べさせられてたから。
でも今は私の産んだ子(引き取った時に中にいた)を面倒見てくれてる。
はっきり言って夫より仲がいい。
「あなたは私の大切な子よ、生まれるところを間違えただけだからね。お帰り。」
と言ってます。




111 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 17:31:37.92 ID:wqbwfB8P0
今さらだけど>>19が好き




20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/18(木) 22:30:19.79 ID:PYG0pEH90
母「はい、コーヒー。ゆうちゃん、今何歳だっけ」
ゆうちゃん「なんだよ突然」
母「いいから、何歳だっけ」
ゆうちゃん「34歳だけど?それがどうかしたの」
母「そっかー34歳かー。大人になったわねえ」
ゆうちゃん「いきなりどうしたんだよw怖えな」
母「ふと思い出してね。ゆうちゃんが生まれた時のこと」
  予定日よりもだいぶ遅くてね、難産だったの。
  陣痛が来たのが夜中で、お父さん、ずっとついていてくれたのよ。
  生まれたとき、ゆうちゃんは小さかったけど
  お父さんもお母さんもわんわん泣いて喜んだのよ。
  看護婦さんたちも泣いてよかったですねって。」
ゆうちゃん「へー、大変だったんだな」
母「うん、でもゆうちゃんはすくすく育ってくれて、
  3歳で字も読めて、小学校の時は神童って言われてたのよねえ」
ゆうちゃん「やめろよ、古い話は」
母「毎年正月の親戚一同の新年会でゆうちゃん大人気だったわよね」
ゆうちゃん「そうだったかな」
母「そうよ、もう叔父さん達お年玉ふんぱつして、
  末は総理大臣か科学者かなんて言ってたっけ」
ゆうちゃん「もういいよ、昔のことは」
母「ゆうちゃん、これまで生きてきて一番嬉しかったことって何?」
ゆうちゃん「嬉しかったこと?そうだなー。小学生の時にスーパーマリオで初めて8-3クリアした時かな。」
母「・・・・そう。」
ゆうちゃん「なんつうかさ達成感っていうか、やり遂げたって感じがハンパなかった・・んだよ・・なあ。
       あれ・・あんな・・嬉しいこと・・・もう・・・ない・・かもな・・なんか・・・・眠くな・・・って・・・き・・・た・・・」
母「ゆうちゃん?」
ゆうちゃん「・・・・・・・・」
母「・・・・・・・・。お父さん・・・。」
父「・・仕方がなかったんだ。これで・・・よかったんだ・・・」




57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 01:11:32.21 ID:EmgLLGQO0
>>20がどうしてもわからない
最後何があったんだ?




59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 01:14:07.54 ID:0n2eUCSd0
>>57
つヒント「コーヒー」




22 :1/2 :2010/11/18(木) 22:45:55.84 ID:PYG0pEH90
167 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします  [] 2009/12/25(金) 09:20:15.41 ID:/SOqYFy60
イヴの夜に両親不在の実家に妹の彼氏が来て
空気読んで「俺予定あるから」って言って外に出て
当然予定もないし、友達いないし
漫喫で泊まろうと思ったら財布無くて
財布とりに家帰ったら
鍵かけられてて、家の電気消えてて、妹と彼氏が確実にギシアンしてて
大して厚着もしてないのにこの寒空の下、とにかく朝になるまで時間つぶしたくて
でもリア充、DQN共の巣窟の駅前には行く勇気も金も行動力もなくて
誰にも見つからないように近所の小山を歩き回って、職質受けた挙句
結局、事後であろう午前3時頃に家に帰ってきて
妹と彼氏がギシアンして満足したであろう我が家の庭のエアコンの室外機に寄り添って
人が作り出した文明の利器の暖かさに触れて
昨日初めて優しくされた気がしながら夜を明かした、イヴの夜




23 :2/2 :2010/11/18(木) 22:47:05.95 ID:PYG0pEH90
199 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします  [] 2009/12/25(金) 09:47:08.75 ID:/SOqYFy60
晩飯は妹と外食するつもりだった
それに両親不在だったので昨日は少量のお菓子以外にまともな飯も食ってない
腹すいたときは昼に食ったハバネロの粉が爪の間に残ってる気がして
一人で指チュパしながら山の中徘徊してた

203 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします  [sage] 2009/12/25(金) 09:48:47.98 ID:S0YCb6CS0
>>199
もういい・・・・・・っ!
休め・・・・・・っ!




28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/18(木) 23:01:47.52 ID:MIrpdWoEO
>>22-23
やめろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおーーーーーーー!!

ち、違うんだからね(・ω・;)くくくくくくりすますはかかか彼女と過ごすよ、もももちろん(キリッ




26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/18(木) 22:54:50.40 ID:PYG0pEH90
270 名前:水先案名無い人 sage 投稿日:2008/06/02(月) 05:11:13 ID:U+6mtiNa0
49 名前:マロン名無しさん[sage] 投稿日:2008/05/29(木) 09:08:29 ID:???
wikiで調べたところ画太郎先生がやたらババアを描くのには泣けるエピソードが隠されている。



271 名前:水先案名無い人 sage 投稿日:2008/06/02(月) 13:31:46 ID:GgslFWtp0
>>270
ほんとだ、これは泣けるわ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BC%AB%E2%98%86%E7%94%BB%E5%A4%AA%E9%83%8E




27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/18(木) 22:58:23.92 ID:PYG0pEH90
370 名前:水先案名無い人  投稿日:2007/08/04(土) 12:42:25 ID:oXvKqjwa0
昔知的障害をもった子がサッカー部にいてな
でも皆から邪険にされず(それでも子どもの障害者意識みたいなものはあったけど)仲良くしてて
そいつはゴールがどっちかもわからないのにがんばってて・・・
ある日接戦で2-2の試合をしていたんだ
でも大切な試合じゃないし、良い経験になるからって全員とっかえひっかえで出してたんだけど
試合の終了直前、俺がバックパスをその子にだしたのね
そしたらその子見事にオウンゴールきめちゃったわけ
敵もその子が障害者だとしってたみたいでクスクス笑ってた
んで、サッカーのことになると切れだすキャプテンが発した言葉が
「すげえよ○○!大逆転だ!!」
皆それに続いて「ナイス○○!」とか言ったりハイタッチしたりしてた
相手のポカーンとした顔とその子の嬉しそうな顔は今でも忘れられない




31 :VIPの帝王 ◆koxjyhajbE :2010/11/18(木) 23:19:00.44 ID:bBto+p1B0
私が小学校五年生の担任になったとき、クラスの生徒の中に勉強ができなくて、服装もだらしない不潔な生徒がいたんです。
その生徒の通知表にはいつも悪いことを記入していました。
あるとき、この生徒が一年生だった頃の記録を見る機会があったんです。
そこには、
「あかるくて、友達好き、人にも親切。勉強もよくできる」
あきらかに間違っていると思った私は、気になって二年生以降の記録も調べてみたんです。
二年生の記録には、
「母親が病気になったために世話をしなければならず、ときどき遅刻する」
三年生の記録には、
「母親が死亡、毎日悲しんでいる」
四年生の記録には、
「父親が悲しみのあまり、アルコール依存症になってしまった。暴力をふるわれているかもしれないので注意が必要」


………私は反省しました。今まで悪いことばかり書いてごめんねと。
そして急にこの生徒を愛おしく感じました。
悩みながら一生懸命に生きている姿が浮かびました。
なにかできないかと思った私はある日の放課後、この生徒に、
「先生は夕方まで教室で仕事をするから、一緒に勉強しない?」
すると男の子は微笑んで、その日から一緒に勉強することになったんです。
六年生になって男の子は私のクラスではなくなったんですが、卒業式の時に
「先生はぼくのお母さんのような人です。ありがとうございました」
と書かれたカードをくれました。




32 :VIPの帝王 ◆koxjyhajbE :2010/11/18(木) 23:19:42.67 ID:bBto+p1B0
卒業した後も、数年ごとに手紙をくれるんです。
「先生のおかげで大学の医学部に受かって、奨学金をもらって勉強しています」
「医者になれたので、患者さんの悲しみを癒せるようにがんばります」


そして、先日私のもとに届いた手紙は結婚式の招待状でした。
そこにはこう書き添えられていました。



「母の席に座ってください」




33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/18(木) 23:20:23.35 ID:WCdAERnI0
スネ夫「爆弾設置には最低でも三人は必要・・・」

ジャイアン「俺は行くぜ!ここで引いたら男が廃るってもんだぜ!」

のび太「そそそそそうだ!僕だって男だ!やる時はややややるんだぞー!」

しずか「フフッ、のび太さん足が震えてるわよ?」

スネ夫「ママのためにも、グスン、僕もやるよ!」

ジャイアン「おしっ!!!!みんなで、すべてに決着をつけにいこうーーー!!!」

ブルルルルルルルル

バシッ!ドッスーン!

のび太「痛っ、なにすんだよ!」

ジャイアン「・・・ただしのび太お前はダメだ、お前には俺の妹を幸せにする義務がある!!!
      ・・・ジャイ子を、ジャイ子を頼んだぞ・・・今だスネ夫!出せ!!!!!」

ブルルルルルルルル

のび太「待って"よ"!み"んなどお別れな"んて嫌だよ"っ!!!僕も乗ぜでよ"ーーーー!!」

スネ夫「悪いな、この車は3人乗りなんだ」

のび太「・・・バカヤローーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!」




34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/18(木) 23:22:57.52 ID:MnH6hLqu0
168 名前:名無しさん@4周年[] 投稿日:04/01/17 10:43 ID:X7vkUwRR
いよいよ明日がセンター試験本番ですよ!

むっちゃドキドキしてきた…。

受験生の皆さん、今日くらいは勉強は休んで明日に備えますよね?


169 名前:名無しさん@4周年[] 投稿日:04/01/17 10:57 ID:zUQVRYG7
>>168
   . . .... ..: : :: :: ::: :::::: :::::::::::: : :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
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       /:彡ミ゛ヽ;)ー、 . . .: : : :::::: :::::::::::::::::::::::::::::::::
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      / :::/;;:   ヽ ヽ ::l . :. :. .:: : :: :: :::::::: : ::::::::::::::::::
 ̄ ̄ ̄(_,ノ  ̄ ̄ ̄ヽ、_ノ ̄
今日と明日だよ
来年こそはがんばってよ
シーズン開幕からこんなことになるなんて


173 名前:168[] 投稿日:04/01/17 11:10 ID:X7vkUwRR
受験要綱を見た。
どうやら今日と明日、両方とも試験があるらしい…。

親に話したら泣かれた。怒られた。殴られた。
学校の先生に電話したら怒鳴られた。今すぐに学校に来いって言われた。

今から学校に行ってきます……もうだめぽですか




37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/18(木) 23:25:10.48 ID:nHehiKhA0
>>34
こいつどうなったんだろうな・・・・・




35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/18(木) 23:23:57.23 ID:e3HPQtpr0
君が死んでからもう1年。
君は今も僕を見守ってくれているのかな?
君は、僕の生まれて初めて出来た彼女だった。
すごく嬉しくて、幸せだったなあ。
突然、白血病だって医者に宣告されてから、君は病室で日に日に弱っていった。
「病院ってひまねえ」って笑う君を見て、僕はいつも泣いていたんだ。
君の為に、僕の小汚いノートパソコンをあげたら、君はすごく喜んでくれたよね。
ネットをするようになった君がいつも見ていたサイト、それが「2チャンネル」だった。
ある日君はいつものように、笑いながら言った。
「ほら、見て今日も2ゲット出来たよ。」
「あまりパソコンばっかいじってると身体に障るよ」
なんて僕が注意すると、
「ごめんねえ。 でもね、これ見てよ。 
ほら、この3のひと、2げっとぉ!なんて言っちゃってさぁ、ふふ」
僕は黙っていた。君がすごく楽しそうで、僕は何も言えなかった。
「ほらみて、この3のひと、変な絵文字使ってくやしぃ~!だって。
かわいいねえ。 ふふ。」 
僕はまだ黙っていた。笑う君を見て、どうしようもなく悲しくなった。
「憶えててくれるかなあ」 君がふと言った。
「…この3のひと、私がいなくなっても、あの時変な奴に2をとられたんだよなー
なんて、憶えててくれないかなあ……無理かな……憶えてて、ほしいなぁ……」

それから数ヶ月後、君は家族と僕に見守れながら息を引き取った。

君はもうこの世に居ない、なのに僕は今F5を連続でクリックしている。
君の事を、3のひとが忘れないように、いつまでも、いつまでも忘れないように。

天国にいる君と一緒に、今ここに刻み込む

        2    ゲ    ッ    ト




41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/18(木) 23:42:07.33 ID:PYG0pEH90
我家は母子家庭。
もちろん裕福ではないけど、つつましく暮らせば
生活に困るような事もないような家庭のつもりだったのですが。
ある日、元々指輪など装飾品にそれほど興味のなかった私が珍しく
超々安物の指輪を気に入って購入した夜。
私「ねえ、これかわいいでしょ~?」(本当に気に入ってたから)
小4の息子「買ったの?」
私「うん、どう?」
息子「高かった?」
私「まっさかーー、500円だったかな」
その後、何故か息子は下を向いて黙ってしまい
どうしたのかと思ってたら
「俺が大きくなったら、すっごい高い指輪買ってあげるから」
って涙ふきふき言われてしまいました。
買えないから買わないのももちろんあるけど、我慢するほど
そういうのが欲しい私ではなかったのに
息子は、きっと勘違いしちゃったんだろうなって。
でもそんな気持ちが嬉しくて、私も泣き笑いしちゃった。
これから先、何があってもこの子がいてくれたら
乗り越えていける、って改めて思わせてくれた夜でした。




42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/18(木) 23:42:47.32 ID:PYG0pEH90
子供のころ、両親は「いずれ誰か連れてきた時は…」とか
嬉しそうに話してたな・・・・。
そのころは子供心に、「いつの日か自分もケコンするんだろうな」と思っていた。

しかし厨房の時以来、女からは「キモイ」「顔こっちに向けないで」
と嫌がられ避けらればい菌扱いされたことしかなかった。

それでも社会人になってから自分なりに努力してみたよ。
服装や髪型や、よくいわれる清潔感とか・・・・。
だが一生懸命努力しても、それが実ることはとうとう無かった。
まともに会話が続いたことすらほとんどない。
仕方ないよな・・・・軍ヲタ鉄ヲタで他に何を話せばいいのか思いつくことができないのだから。

もうすぐ40代になる。
両親が、「結婚したときに相手に渡すんだ」と嬉しそうに作っていた俺のアルバム。小さい頃の声が入ったテープ。
父さん母さん、ごめんよ。
全部に無駄にさせてしまって…。




44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/18(木) 23:52:20.34 ID:PYG0pEH90
俺ん家は俺と母親、それとおはあちゃんの三人で暮らしてる。
親父は離婚していない。パチンコとかやって借金をつくる駄目な親父だった。
母子家庭ってやっぱ経済的に苦しくて、母さんは毎日働いてる。
おばあちゃんは汚い服ばっかり着てる。
俺は行きたい大学があるけど、金がかかるからそこだけ受けて駄目だったら就職しようと思ってた。
それで、俺大学落ちちゃったんだ。
「すぐに就職先を見つけなきゃいけないな」
って考えてたら、俺の部屋におばあちゃんがやってきた。
「〇〇、大学落ちちゃったんだってね」
と、おばあちゃん。
「うん、でもいいよ。俺、就職するからさ」
ってちょっぴり強がって俺は笑ってみせた。
そしたらおばあちゃん、いつから使ってるか分かんないような汚い手提げ袋から、札束を出してきたんだ。
「え…何このお金…」って俺が絶句してたら、
「〇〇、行きたい大学があるんじゃろ?だったら行きんさい。
お金のことなら心配せんでええ。まずこれで予備校行きんさい。
年寄りは金持ちやで。それに、ちょうどばあちゃんな、何かに使おうて思ってたんじゃ」
と、そう言ってシワシワの手で札束を俺に握らせた、最後、俺の部屋から出るとき「頑張りんさい」って言って出てった。
それから俺、母さんにおばあちゃんのこと聞いたら、
「おばあちゃんね、あんたが産まれてからずっと年金コツコツ貯めてたみたいだよ。私も知らんかった」って。
マジ泣いたよ。
なんで金あんのに汚い服ばっか着てる意味とか、さっき俺の部屋で喋ったこととか思い出して、本当に泣いた。
もう、本当に頑張るから。今は肩を揉むことぐらいしかできんけど、絶対に大学に合格するから。
それと、俺は今日で2ちゃんねる卒業だわ。長い間、本当にお世話になりました。勉強がんばります ノシ




45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/18(木) 23:52:51.43 ID:ZJtiIFR60
白い杖を持った男の子が、夕暮れの住宅街を歩いていました。
「ねえ、君…」
「?」
声をかけられて振り返った男の子の前には、
大きなマスクを付けた女の人が立っていました。
「わたし、キレイ?」
男の子は困ったように笑って言いました。
「わかんない」
「じゃあ…」
女の人はニヤリと笑い、マスクを取りました。
その口は狼のように、耳元まで裂けていました。
「これならどぉおォォ?」
「ごめん、やっぱりわからないよ。僕、目が見えないんだ」
男の子はサングラスを取ってみせました。
その瞳は白く濁り、何も写していない事を示していました。
「あ…」

女の人は途方に暮れたように立ち尽くし、目から涙がこぼれました。
「ご…ごめんなさ…」
「いいんだ。慣れてるから」
男の子はサングラスをかけなおし、杖を左右に振りながら、
ゆっくりと歩き差って行きました。


「ごめんなさい…ごめんなさい…」
女の人はその場に立ち尽くしたまま、ぼろぼろ涙をこぼしていました。

その日から、口裂け女の噂はぱったりと途絶えたそうです




49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 00:09:20.90 ID:MP2NaHAz0
>>45
泣いた




46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/18(木) 23:53:38.59 ID:PYG0pEH90
344 名前: 1/2 [sage] 投稿日: 2008/01/31(木) 19:18:24 ID:KSzzB4sD
長いですが…

小1息子、年中息子 2児の母です。
下の子には障害があり、今年は就学問題を控えています。
 

 
 
今年に入ってすぐ、上の子が

「来年は弟くんも1年生だね~。一緒に学校行くんだ!」

とニコニコ顔で言ってきました。

下の子は言葉も殆ど話せず、身辺自立もままならない為、
上の子が通う小学校の特学に上がるのは非常に難しい状態です。

上の子の楽しみを摘み取るようで心が痛みましたが、
遅かれ早かれ言わなければならない事だと↑の現実を
突き付けてしまいました。

みるみる泣き顔になる上の子。

登校時には危なくないように手を繋ぐから、休み時間の度に
様子を見に行くから、下の子が虐められないように守るから…

泣きながら一緒の学校にしてくれと頼む上の子に、
私も泣きながら「ごめんね」と謝る事しか出来ませんでした。




47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/18(木) 23:54:19.48 ID:PYG0pEH90
345 名前: 2/2 [sage] 投稿日: 2008/01/31(木) 19:20:26 ID:KSzzB4sD
とうとう上の子は
「弟くんと一緒に行くんだもん!」
と言い残して部屋に篭ってしまいました。

まだ1年生の息子に下の子を気遣う発言をさせた上、深く
傷付けてしまった事に酷く自己嫌悪しました。

それから数十分後…

上の子が部屋から出てくると、真剣な顔で私の前に座って言いました。

「…本当は弟くんと一緒の学校がいいけど、
 もし絶対に無理だったら我慢するよ。

 その代わり、弟くんが楽しく通えて、虐めの無い学校を
 探してね。約束してね」

こんな小さな子供が一生懸命考えて出した答えなんだ…と思うと
また泣けてきて、2人で泣きながら指切りをしました。

夫の帰宅後、この話をしたら夫も号泣。
今まで就学問題については「よく分からないから、任せるよ」と
頼りない事を言っていた夫ですが、この日を境に一緒に考えて
くれるようになりました。

お兄ちゃん、ありがとう。

お母さんは、2人が生きやすく、幸せになれるよう頑張ります。




48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 00:00:45.91 ID:MXdJsEB40
今日、お風呂に入っている時、次男が風呂の縁に立って窓をバンバン叩きだした。うちの窓側の縁は幾分広く、子供の足ならしっかり立てるくらいの幅はある。しかしまあ、濡れているから危ないわけだ。
下りなさいと言っても全く聞かず窓をバンバン叩き続ける次男。いい加減危ないし、少し注意しても同じ事を繰り返す奴なのでちょいと脅かしてみた。
俺「そうやって危ないことしてるとアオーンがお前を食べに来るぞ」
次男「いーよー」
いいのかよ。軽ーい返事しやがって……ん?
(゚д゚)
どうした長男?そんな顔して?
( ゚д゚)…パパ、アオーン呼ぶ?
そうだな、次男が危ないことしてるからな。
( ゚д゚)………ダメ 
だめか?
( ゚д゚)……ダメ、ゼッタイ
次男「おーりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!!」バンバン!
よーし次男よ良くわかった!今からアオーン呼ぶからな!!
(;゚д゚)ダメー!おとうと食べられるよ!ボクも一緒に食べられるよ!
お前は食べないように言っておくから大丈夫だ。さあ次男よ行こうか!
( ゚д゚)ダメだって!ダメよーっ!!
( ;д;)ダメだってー!
お前が泣いてどうする…
( ;д;)おとうと食べられるってー!
( ;д;)おとーとはママのおなかから出てきたの!おとーと食べられるならボクが食べられる!!おとーとは!かぞく!たいせつなの!!!
……その弟を四六時中イジメて泣かせてる奴の台詞とは思えんな……わかった、おにーちゃんに免じて今日はアオーン呼ぶのやめる。
いざって時はちゃんと弟を守れるんだな長男よ。
お前も成長したもんだ。
さあ、先にあがりなさい、パパも後で行くから。
( ;д;)うん、もうアオーン呼ばない?
呼ばないよ。さあ次男もあがれ、次は赤ちゃんの番なんだから。
次男「わかったー」

今日は兄弟二人で寄り添って寝ています。




51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 00:26:20.24 ID:0KfIFOFB0
私を大学に通わせてくれた母へ

あなたは私を産むまでずっと父の暴力に苦しんでいましたね
私が産まれて時、あなたは泣きながら喜んだんですね
私が一歳の誕生日に、借金を抱えたまま父が自殺しましたね
借金を返すために昼はパート夜は居酒屋で仕事の毎日でしたね
保育園では遠足のおやつは雑穀のおはぎでしたね
小学校の給食費を払えない月もありましたね
修学旅行のおみやげはご当地キーホルダーだけでしたね
中学の制服は親戚のおさがりでしたね
高校のお弁当はいつもご飯に梅干しと海苔でしたね

無理を承知で大学行きたいと頼んだ時、あなたは反論しませんでしたね
ごみ処理場から捨てる予定の参考書をもらいに行きましたね
お金がかかるから私立は受けられず、国立専願受験でしたね
センター試験の前日には初めて特上寿司を食べさせてくれましたね
センター試験に失敗したけど、あなたは最後まで諦めないよう励ましてくれましたね
前期に落ちて、一度私は自殺しかけましたね
あなたは怒ることもなく、ずっと私に謝り続けていましたね
私もあなたにずっと謝り続けましたね
そして私は気持ちを切り替えて後 私はその後も頑張って勉強して、なんとか後期に合格することが出来ましたね あなたはずっと「おめでとう、おめでとう」と泣き続けてくれましたね

でもあなたは入学の準備の時に急に倒れて病院に運ばれましたね 医者が、癌が全身に転移していてこれから一週間が峠だと告げましたね
私がただただ泣き続けている時にあなたは「この体の傷や癌の一つ一つがあなたを育てあげた立派な勲章なのよ」と微笑みながら言いましたね あなたは最後まで泣くことも苦しむこともなく、静かにこの世を去りましたね

今私は医者になるために毎日一生懸命に勉強していますよ あなたの命を奪った癌に苦しむ人々を治療して助けたいから
私が育った環境は決して恵まれてはいなかったけれど、あなたに生まれ、育てられて本当によかったよ

ありがとう、お母さん




52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 00:46:49.22 ID:5kG4TWRoO
「こりゃ、カツオ。親より先に逝ってしまう奴がどこにおるか」
「カツオ、桜が咲いたよ。どうだ、散歩にでも行かんか」




53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 00:51:15.88 ID:niLrn6kPO
>>52 なぜか一番泣いた




54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 00:53:07.87 ID:0KfIFOFB0
うちのかーちゃんは酒乱の親父に耐えかねて
俺ではなく犬を連れて家をでていった。




58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 01:13:53.24 ID:0KfIFOFB0
「あなたの中の最良のものを  by マザー・テレサ」

人は不合理、非論理、利己的です。
気にすることなく、人を愛しなさい。
あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。
気にすることなく、善を行いなさい。
目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に出会うでしょう。
気にすることなく、やり遂げなさい。
善い行ないをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう。
気にすることなく、し続けなさい。
あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう。
気にすることなく正直で、誠実であり続けなさい。
あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう。
気にすることなく、作り続けなさい。
助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。
気にすることなく、助け続けなさい。
あなたの中の最良のものを、世に与えなさい。けり返されるかもしれません。
でも、気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。

カーチャンに善い行いをされても次の日には忘れてました。カーチャンがおれのために作り上げたものを壊してしまいました。
カーチャンに助けて貰っても恩知らずの仕打ちをしてました。カーチャンがくれた最良のものを蹴り返していました。
それでもカーチャンは気にすることなく、最良のものを与えつづけてくれました。ありがとう。カーチャン。




60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 01:15:44.43 ID:0KfIFOFB0
普通学級に通学するのが、物理的に困難な障害児の入学をゴリ押しする親や人のニュースを見るたびに、以前に見たドキュメンタリーを思い出す。

サリドマイド児の親のドキュメンタリーだったのだが。生まれついて重い障害を負って生まれた息子の為に、
親は「サリドマイド児の親の会」を立ち上げて、休日は全て会の活動。「
障害者に理解のある社会=息子の為」との強い信念のもと、息子を連れて積極的にマスコミにも出たり、講演活動も行った。
さらに、息子を普通学級に進学させた。息子は重い障害を負いながらも大学に進学。一時は、マスコミにもてはやされた。

が、大学卒業後、障害を負った息子は何処にも就職できなかった。ここで、息子は生まれて初めて本音をぶっちゃける。「
子供の頃から、人前でさらし者にされて辛かった」「休みの日くらい、家族だけで過ごしたかった。家族だけで遊園地や旅行に行きたかったのに」
「普通学級になんて行きたくなかった。手の無い俺が、普通学級でどれだけ不自由で辛く、孤独だったか。
どれだけ、危険で屈辱的(同級生による排泄介護等)な思いをしたか!」と、延々と恨み言を言い出した。

で、親が「何で言ってくれなかったんだ!」と反論したら「言ったが、全て“お前のためだ”で済まされた。
一度だけ、同じ障害を持つ子供たちがいる養護学校に行きたいと言ったら“負けるな”と説教された」
「俺みたいな障害を持った子供が、親に見捨てられたら生きていけない。
だから、言いなりになっていた」
「お前たちは“俺の為”と言っていたが、結局は自分たちが社会から注目されてチヤホヤされたかったダケだろう。
養護学校に進学した同じ障害を持った連中は、職業訓練を受けて就職して自立しているのに、
親の見栄で、普通学級に進学させられた俺は、就職できなかった」
「俺の障害を受け入れてくれない、見栄っぱりな親のせいで、俺の人生はメチャクチャにさせられた!」

結局、息子さんは親に対する恨みつらみの遺書を残して自殺。
最後に親御さんは「もっと息子の気持ちを考えてやれば良かった」
「健常児と同じようにする事が、息子の為だと思っていたが、間違いだった」と嘆いていたな。




62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 01:37:03.91 ID:0KfIFOFB0
253 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:2007/07/09(月) 04:28:27 ID:eOXZyVUH
何年か前、一人暮らしをしてた時、部屋に小包が届いた。一緒に入っていた手紙に

『○○様 お元気ですか、○○が家を出て半年がたちました。家の中は火が消えたようです
じちゃんも、○○の事をしんぱいしています
早くりつぱな看ご婦さんになって帰って来て下さい。

ばちゃんも元気だから、しんぱいいりません。

○○が元気でりつぱになるやうにばちゃんは毎日仏だんにおがんでいます。

気をつけて、また今度かえって来て元気な顔を見せて下さい。


ばちゃん より』


手紙には、折り目が付いた1万円が同封されていた、農家の嫁の少ない年金で、生活も楽じゃ無いのに…


読みながら、届いた漬物をかじったら…

急に帰りたくなって、婆ちゃんに甘えたくなって、わんわん泣いた。

死ぬ気で勉強して働いて、看護婦になって地元に帰った。

今もその手紙と一万円は大切に残している。




64 :先駆けタンバリンだじぇお ◆DAjeOPNM.Q :2010/11/19(金) 01:41:48.52 ID:LB5Zp+1aO
「男は人前で泣くものではない」と厳しく言ってましたよね。
だから、お父さんが亡くなる時も通夜でも葬式でも
俺は決して泣かなかったのです。

あの頃、まだ幼稚園児だった弟はもう大学生です。
成長する毎に、顔、声、体格、なぜか仕草まで、
お父さんに生き写しと誰からも言われるようになりました。

弟が俺の結婚式で着ていたのは、お父さんのスーツでした。
「これお父さんの服」と弟に言われる迄、気付きませんでしたが。
弟はただ、ピッタリだからというだけの理由で着たようです。
しかし、それを知ったが最後、弟にばかり気を取られます。
一瞬、お父さんかと錯覚する程似て見えます。

お父さんに、今日のこの場所にいてほしかった。
そして「育ててくれてありがとう」と言いたかった。
初めてネクタイを締めた弟の姿を見せたかった。

様々な思いが去来する中、俺に「おめでとう」と言った弟の声が、
あまりにもお父さんに似過ぎていて涙を堪えきれなくなったのです。

言い付けを守れなくてすみません。
けれど、こればかりはお父さんも許してくれるのではないか、
と甘く考えていることも、正直に書いておきます。




65 :先駆けタンバリンだじぇお ◆DAjeOPNM.Q :2010/11/19(金) 01:57:16.75 ID:LB5Zp+1aO
この間の友人(新郎の方)の結婚披露宴。
タイムスケジュールも最後の方、新婦の父親のスピーチ。

「明子。明子が生まれてすぐ、お前のお母さんは病気で亡くなりました。
 お前は母の顔は写真でしか知りません。母親の声も知りません。
 母の愛情も知りません。片親でつらい思いもしただろう。
 それでも父の私に文句一ついう事も無く、明るくて素直で思いやりのある子に育ってくれた。
 本当に手がかからない子だったし、よく家事もやってくれた。
 相手にも恵まれて、幸せになってくれてお母さんも喜んでくれてると思う。
 
 最後にお前に謝ることがある。

 明子に25年間隠していたものがある。
 いつか嫁に行くときに見せてあげようと思ってずっと取っておいた物だ。」

・・・そして古ぼけたブリキみたいな箱からとりだした1本のビデオテープ。
会場のセットで再生・・会場ザワザワ・・・

そこにはベットの上で笑顔で赤ちゃんを手にする母親の姿。
そう25年前の新婦と母親。

母親の笑顔のなんと神々しい事。まさに聖母の如く・・

はじめて見る母親の姿に新婦どころか全員が嗚咽だったよ。
とくに新婦はもう見ていられなかった。

そしてしてやったりの新婦の父。あの人だけは泣く事もなく、 淡々としてたんだよなあ。
そこがまた泣けるんだけど。




66 :先駆けタンバリンだじぇお ◆DAjeOPNM.Q :2010/11/19(金) 02:08:46.91 ID:LB5Zp+1aO
406 :恋人は名無しさん :2005/03/22(火) 21:24:34

俺の前の彼女は3年前、病気で死んだ。
病気が発覚したとき、俺に知らせずにただ別れてくれと言った。
そのときはわけもわからず交信を絶たれてパニック状態。
次に連絡があったのは彼女の弟からだった。
彼女が死ぬ一週間前だった。
病床に駆けつけたら、何で来たんだと言った。
一週間、そばにいたけど、ずっとそっけない態度だった。
最後に聞いた言葉は、「私のことは忘れて」だった。ソリャネーヨ・(ノД`)・・
人一倍寂しがりやなくせに、自分のことはいつも後回しで人のことばかり気にしてる、優しくて強い女だったと思う。
でもな・・・せめて最後くらいそばにいさせろよ!
そういうのが、一番残酷なんだって!

後追いでもしてやろうかと思った。あの世であったら、あいつどんな顔するだろうな、とマジで思ってた。躁鬱になってたらしく、仕事やめて引きこもってたら親に精神科医に引っ張られ、しばらく診察受けることになった。

3年経って、今の彼女に会って、やっと思い出になった。
でも一生忘れられそうにない。
今の彼女は前彼女と正反対。
わがままだし、少し怪我しただけで大騒ぎ。
たとえ不治の病に冒されても「私を忘れて」なんて間違っても言わないだろう。頼むから、俺より先に死ぬんじゃねえぞ。俺も出来るだけ死なないようにするからさ。ちくしょう




67 :先駆けタンバリンだじぇお ◆DAjeOPNM.Q :2010/11/19(金) 02:10:34.30 ID:LB5Zp+1aO
416 :恋人は名無しさん :2005/03/24(木) 12:49:07

>>406
俺の前彼女もそうだったよ。
病気が発覚したとき、「ほかに好きな人できたから別れて」って言われた。
もちろん病気のことは伏せていたので、俺はそのことを知らずマジ切れして彼女を罵倒して別れた。
別れてから半年後に俺宛に遺書が見つかったから取りに来てくれって連絡が彼女の父親から連絡が入った。何のことわからなかったから聞いてみたら「1ヶ月前にガンで死んだ」って言われてそのとき初めて知った。

遺書には
傷つけることで別れるって方法しか選べなくてごめん。
でも私が苦しんでるところはあなたには見せたくなくて、こうするしかなかった。あと私のことは忘れて。あなたは優しい人だから、他の人にその優しさを分けてあげて。って書いてあった。

これ見たとき後悔の嵐だった。もう自分がバカに思えて仕方なかった。
あのとき言動に不自然なところってたくさんあったのに
何で冷静に話し合えなかったんだろうって自分責め続けた。

今は立ち直って、彼女いるけどやっぱり前彼女のことは忘れられない。
遺書通りに守れなくてゴメンヨ




68 :先駆けタンバリンだじぇお ◆DAjeOPNM.Q :2010/11/19(金) 02:38:05.55 ID:LB5Zp+1aO
付き合って3年の彼女に唐突に振られた。

「他に好きな男が出来たんだー、じゃーねー」
就職して2年、そろそろ結婚とかも真剣に考えてたっつーのに、目の前が真っ暗になった。
俺は本当に彼女が好きだったし、勿論浮気もしたことないし、
そりゃ俺は格別イイ男って訳じゃなかったけど、
彼女の事は本当に大事にしてたつもりだった。
なのに、すっげーあっさりスッパリやられた。

どーにもこーにも収まりつかなくて、電話するも着信拒否、
家行ってもいつも留守、バイト先も辞めてた。
徹底的に避けられた。
もーショックですげー荒れた。仕事に打ち込みまくった。

それから半年、お陰で同期の中でダントツの出世頭になってた。
彼女の事も、少しずつ忘れ始めてた、そんなある日。
携帯に知らない番号から電話がかかってきた。
最初は悪戯とかだと思って無視ってたんだけど、何回もかかってくる。
仕方ないから出た。

別れた彼女の妹を名乗る女からだった。その女が俺に言った。
「お姉ちゃんに会いに来てくれませんか?」

・・・彼女は白血病にかかっていて、入院していた。
ドナーがやっと見つかったものの、状態は非常に悪く、
手術をしても助かる確立は五分五分だという。
入院したのは俺と別れた直後だった。




69 :先駆けタンバリンだじぇお ◆DAjeOPNM.Q :2010/11/19(金) 02:39:04.39 ID:LB5Zp+1aO
俺は、病院へ駆けつけた。
無菌室にいる彼女をガラス越しに見た瞬間、俺は周りの目を忘れて怒鳴った。
「お前、何勝手な真似してんだよっ!俺はそんなに頼りないかよっ!!」

彼女は俺の姿を見て、しばらく呆然としていた。
どうして俺がここに居るのかわからない、という顔だった。
その姿は本当に小さくて、今にも消えてしまいそうだった。
でもすぐに、彼女はハッと我に返った顔になり、険しい顔でそっぽを向いた。
俺は、その場に泣き崩れた。堪らなかった、
この期に及んでまだ意地をはる彼女の心が。
愛しくて、悲しくて、涙が止まらなかった。

その日から手術までの2週間、俺は毎日病院に通った。
けれど、彼女は変わらず頑なに俺を拒絶し続けた。
そして手術の日。俺は会社を休んで病院に居た。
俺が病院に着いた時にはもう彼女は手術室の中だった。

手術は無事成功。けれど、安心は出来なかった。
抗生物質を飲み、経過を慎重に見なくてはならないと医者が言った。
俺は手術後も毎日病院に通った。
彼女は、ゆっくりではあるけれど、回復していった。
そして彼女は、相変わらず俺の顔も見ようとしなかった。

ようやく退院出来る日が来た。
定期的に検査の為、通院しなくてはならないし、
薬は飲まなくてはならないけれど、日常生活を送れるまでに彼女は回復した。
俺は当然、彼女に会いに行った。お祝いの花束と贈り物を持って。




70 :先駆けタンバリンだじぇお ◆DAjeOPNM.Q :2010/11/19(金) 02:39:58.82 ID:LB5Zp+1aO
「退院、おめでとう」
そう言って、花束を手渡した。彼女は無言で受け取ってくれた。
俺はポケットから小さい箱を取り出して中身を見せた。
俗に言う給料の3ヶ月分ってヤツ。
「これももらって欲しいんだけど。俺、本気だから」
そう言ったら、彼女は凄く驚いた顔をしてから、俯いた。
「馬鹿じゃないの」
彼女の肩が震えていた。
「うん、俺馬鹿だよ。お前がどんな思いしてたかなんて全然知らなかった。本当にごめん」
「私、これから先だってどうなるかわからないんだよ?」
「知ってる。色々これでも勉強したから。で、どうかな?俺の嫁さんになってくれる?」
彼女は顔を上げて、涙いっぱいの目で俺を見た。
「ありがとう」
俺は彼女を抱きしめて、一緒に泣いた。

ウチの親には反対されたけど、俺は彼女と結婚した。
それから2年。あまり体は強くないけれど、
気は人一倍強い嫁さんの尻に敷かれてる俺がいる。
子供もいつか授かればいいな、という感じで無理せず暢気に構えてる。




71 :先駆けタンバリンだじぇお ◆DAjeOPNM.Q :2010/11/19(金) 02:41:01.33 ID:LB5Zp+1aO
流れぶった切りでスマン。

嫁さんのお腹に新しい命が宿ってるってわかった。
「子供は授かりものだから、無理しないでのんびり構えとこう」
とか言ってたけど、正直諦め気味だった。

まだ豆粒みたいなもんなんだろうけど、俺と嫁さんの子供が嫁さんのお腹の中にいる。

そう思っただけで、何か訳の分からない熱いものが胸の奥からこみ上げてきて、泣いた。
嫁さんも泣いてた。
実家に電話したら、結婚の時あんだけ反対してたウチの親まで泣き出した。
「良かったなぁ、良かったなぁ。神様はちゃんとおるんやなぁ」って。
嫁さんの親御さんは
「ありがとう、ありがとう」
って泣いてた。皆で泣きまくり。

嫁さんは身体があんまり丈夫じゃないから、産まれるまで色々大変だろうけど、
俺は死ぬ気で嫁さんと子供を守り抜く。
誰よりも強いお父さんになってやる。

でも、今だけはカッコ悪く泣かせて欲しい。




72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 02:46:48.50 ID:Oig27VSh0
何故か妹とドラクエの話と子どもが神様だか七夕だかクリスマスだかにお父さんを願う話は何度見ても泣く
嗚咽出しながら泣く




73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 02:58:25.21 ID:Oig27VSh0
9 :名無しさん@明日があるさ :2005/03/27(日) 19:16:02
私には、兄がいました。
3つ年上の兄は、妹想いの優しい兄でした。
ドラクエ3を兄と一緒にやってました。(見てました。)
勇者が兄で、僧侶が私。遊び人はペットの猫の名前にしました。
バランスの悪い3人パーティ。兄はとっても強かった。
苦労しながらコツコツすすめた、ドラクエ3。おもしろかった。
たしか、砂漠でピラミッドがあった場所だったと思います。
とても、強かったので、大苦戦してました。

ある日、兄が友人と野球にいくときに、私にいいました。
「レベ上げだけやってていいよ。でも先には進めるなよ。」
私は、いっつもみてるだけで、よくわからなかったけど、
なんだか、とてもうれしかったのを覚えてます。
そして、その言葉が、兄の最後の言葉になりました。




74 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 02:59:05.78 ID:Oig27VSh0

葬式の日、父は、兄の大事にしてたものを棺おけにいれようとしたのを覚えてます。
お気に入りの服。グローブ。セイントクロス。そして、ドラクエ3。
でも、私は、ドラクエ3をいれないでって、もらいました。
だって、兄から、レベ上げを頼まれてたから。

私は、くる日もくる日も時間を見つけては、砂漠でレベ上げをしてました。
ドラクエ3の中には、兄が生きてたからです。
そして、なんとなく、強くなったら、ひょっこり兄が戻ってくると思ってたかもしれません。
兄は、とっても強くなりました。とっても強い魔法で、全部倒してしまうのです。

それから、しばらくして、ドラクエ3の冒険の書が消えてしまいました。

その時、初めて私は、泣きました。 ずっとずっと、母の近くで泣きました。
お兄ちゃんが死んじゃった。やっと、実感できました。

今では、前へ進むきっかけをくれた、冒険の書が消えたことを、感謝しています。




75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 03:04:38.21 ID:Oig27VSh0
4歳になる娘が、字を教えてほしいといってきたので、どうせすぐ飽きるだろうと思いつつも、毎晩教えていた。

ある日、娘の通っている保育園の先生から電話があった。

「○○ちゃんから、神様に手紙を届けてほしいって言われたんです」こっそりと中を読んでみたら、「いいこにするので、ぱぱをかえしてください。おねがいします」と書いてあったそうだ。

旦那は去年、交通事故で他界した。
字を覚えたかったのは、神様に手紙を書くためだったんだ・・・

受話器を持ったまま、私も先生も泣いてしまった。
「もう少ししたら、パパ戻って来るんだよ~」

最近、娘が明るい声を出す意味がこれでやっとつながった。
娘の心と、写真にしか残っていない旦那を思って涙が止まらない。


やっぱりこの二つは何回見てもくる




76 :先駆けタンバリンだじぇお ◆DAjeOPNM.Q :2010/11/19(金) 03:08:34.98 ID:LB5Zp+1aO
メタルギアソリッド
この名前聞いただけで、親父を思い出す。


昔廃墟クリアーできずに何回もゲームオーバー


無線のスネーーーク!に合わせて後ろからもスネーーク!の声が。真夜中のリビングでやってたんでびびッたなんてもんじゃなかった



振り返るとそこには腰に手を当てたオトンが。ちなみに物まねすると銀河万丈氏そっくり。酔うと「諸君が~何故だ!?」とか意味も無く絡んでくる。そして「坊やだからさ」
と返しても何故か満足してくれない理不尽な47歳・外見は初老・・・

続けて「スネーク!ゲームはほどほどにな!夜中にやるとお母さんに怒られるぞ!」といいつつビール片手にソファにどかっと座って見学モード。
死ぬたんびに後ろからスネーク!スネエーク!スネエェーry言われるからうるさくてかなわんかった('A`)


そんな親父は白血病。
俺に心配かけさせないように、楽しませてるんだろう。と俺は心で思ってた。


親父、見てるか?
次は天国でメタルギアまた一緒にやろうな。




77 :先駆けタンバリンだじぇお ◆DAjeOPNM.Q :2010/11/19(金) 03:21:17.40 ID:LB5Zp+1aO
「12月27日。カツオ10本つる」
「1月27日。外国船を発見。応答なし。雨が降るとオケに雨水をため、これを飲料水とした」
「2月17日。いよいよ食料少なし」
「3月6日。魚一匹もとれず。食料はひとつのこらず底をついた。恐ろしい飢えと死神がじょじょにやってきた」
「3月7日。最初の犠牲者がでた。機関長・細井伝次郎は、「ひとめ見たい・・・日本の土を一足ふみたい」とうめきながら死んでいった。全員で水葬にする」
「3月9日。サメの大きなやつが一本つれたが、直江常次は食べる気力もなく、やせおとろえて死亡。水葬に処す」
「3月15日。それまで航海日誌をつけていた井沢捨次が病死。かわって松本源之助が筆をとる。
       井沢の遺体を水葬にするのに、やっとのありさま。全員、顔は青白くヤマアラシのごとくヒゲがのび、ふらふらと亡霊そっくりの歩きざまは悲し」
「3月27日。寺田初造と横田良之助のふたりは、突然うわごとを発し、「おーい富士山だ。アメリカにつきやがった。ああ、にじが見える・・・・。」
       などと狂気を発して、左舷の板にがりがりと歯をくいこませて悶死する。いよいよ地獄の底も近い」
「3月29日。メバチ一匹を吉田藤吉がつりあげたるを見て、三谷寅吉は突然として逆上し、オノを振りあげるや、吉田藤吉の頭をめった打ちにする。
       その恐ろしき光景にも、みな立ち上がる気力もなく、しばしぼう然。のこる者は野菜の不足から、壊血病となりて歯という歯から血液したたるは、みな妖怪変化のすさまじき様相となる。ああ、仏様よ」
「4月4日。三鬼船長は甲板上を低く飛びかすめる大鳥を、ヘビのごとき速さで手づかみにとらえる。全員、人食いアリのごとくむらがり、羽をむしりとって、生きたままの大鳥をむさぼる。
       血がしたたる生肉をくらうは、これほどの美味なるものはなしと心得たい。これもみな、餓鬼畜生となせる業か」
「4月6日。辻門良治、血へどを吐きて死亡」
「4月14日。沢山勘十郎、船室にて不意に狂暴と化して発狂し死骸を切り刻む姿は地獄か。人肉食べる気力あれば、まだ救いあり」
「4月19日。富山和男、沢村勘十郎の二名、料理室にて人肉を争う。地獄の鬼と化すも、ただ、ただ生きて日本に帰りたき一心のみなり。同夜、二名とも血だるまにて、ころげまわり死亡」
「5月6日。三鬼船長、ついに一歩も動けず。乗組員十二名のうち残るは船長と日記記録係の私のみ。ふたりとも重いカッケ病で小便、大便にも動けず、そのままたれ流すはしかたなし」
「5月11日。曇り。北西の風やや強し。南に西に、船はただ風のままに流れる。山影も見えず、陸地も見えず。船影はなし。あまいサトウ粒ひとつなめて死にたし。
       友の死骸は肉がどろどろに腐り、溶けて流れた血肉の死臭のみがあり。白骨のぞきて、この世の終わりとするや・・・・」

 日記はここで切れている。
 だが三鬼船長は、杉板に鉛筆で、以下のような家族宛ての遺書を残していた。
「とうさんのいうことを、ヨクヨク聞きなされ。もし、大きくなっても、ケッシテリョウシニナッテハナラヌ・・・・。私は、シアワセノワルイコトデス・・・ふたりの子どもたのみます。
カナラズカナラズ、リョウシニダケハサセヌヨウニ、タノミマス。いつまで書いてもおなじこと・・・・でも私の好きなのは、ソウメンとモチガシでしたが・・・・帰レナクナッテ、モウシワケナイ・・・ユルシテクダサイ・・・・」




78 :先駆けタンバリンだじぇお ◆DAjeOPNM.Q :2010/11/19(金) 03:43:03.41 ID:LB5Zp+1aO
155 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2005/08/22(月) 21:36:29 ID:YDHlJywm
じいちゃんが死ぬ間際、病室に俺だけが呼ばれて
「正行・・・お前はワシの孫やない、息子や」って。
「これはワシとお前の母さんだけの秘密や・・・
だけんど、財産は正一(俺の親父)とわけぇ」だと。
呆然とした。2日後、じいちゃんは大往生。
このことは俺の中にしまっておこうと決心した。

しかし葬儀の最中、じいちゃんが残した遺言の存在が発覚。
親父が親戚一同の前で読み出した。マズイと思ったが
しかし財産分与のくだりに俺のことは出てこなかった。
俺の一存に任せるってことなのか・・・と思っていると
最後に「正行へ・・・」と、俺への私信があった。

ここで暴露するのか?と思っていると、こう続いた。
「ありゃ全部嘘じゃ。ビックリしたろ?はっはっは」
俺以外はなんのことか解らず、ポカンとしていたが
俺はじいちゃんが死んで、初めて泣いた。




79 :先駆けタンバリンだじぇお ◆DAjeOPNM.Q :2010/11/19(金) 03:58:27.30 ID:LB5Zp+1aO
高層マンション。
靴を揃え、遺書を添え、今にも飛び降りようとする中年。
高層マンション。
仕事をサボり、気分転換に、煙草を噴かしに来たオレ。

高層マンションの屋上でこんにちは。


オレは言う。
「どうせ死ぬなら金をくれ」

中年は言う。
「もったいないから金はあげない」

オレは言う。
「金に執着するなら死ぬんじゃねえ」

中年は言う。
「それなら自分で何か買う」

オレは言う。
「欲しい物があるなら死ぬんじゃねえ」

中年は言う。
「それなら家族の為に残す」




80 :先駆けタンバリンだじぇお ◆DAjeOPNM.Q :2010/11/19(金) 03:59:30.15 ID:LB5Zp+1aO
オレは言う。
「家族の事を想うのなら死ぬんじゃねえ」


中年は言う。
「死ねないじゃないか」

オレは言う。
「死ぬ理由が無いじゃないか」

中年は言う。
「なるほどな」

オレは言う。
「納得したなら金をくれ」

中年は言う。
「ふざけるな」

オレは言う。
「ふざけるな」

中年は言う。
「頭に来たから家に帰る」

オレは言う。
「いいな幸せで」




81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 04:15:33.19 ID:cLggExly0


これコピペでもなんでもなく自分の話なんだけど

ちっちゃいころにね
貧乏な町役場で働いているお母さんに肩たたきを頼まれたんだ
最初はママだから!って思ってやってたけどお兄ちゃんとかよくお駄賃貰ってたから私もほしくなって
肩たたきしたからお駄賃ちょうだい!っていったら母さんが百円くれたんだ
僕はすっごくうれしかったんだ

けど買いものに行く途中で落としちゃったんだ
そのことを母さんになきながらごめんなさいごめんなさいっていったら母さんが笑って
失敗はね、ちっちゃいころにたくさんしなさい そしたら何がだめなにが良いかわかるでしょ?
そうやって大人になっていくものなの もしも○○が20歳になってそんなことしたらもっとたくさんの悲しみになるのよ
今のうちに許される失敗はたくさんしなさい ね?わかった?
って言ってくれたんだ
あの時ほど母さんにありがとうとごめんなさいと思ったことはなかったと今でも思っている

それから僕はそろそろ三十路を向かえるころで
今は上京し、一人暮らしをして今日も毎日も朝から2ちゃんねるをしているなんて実家の母には言えないんだけどね
仕事は明日見つける予定

かあさんごめんよー




82 :先駆けタンバリンだじぇお ◆DAjeOPNM.Q :2010/11/19(金) 04:16:53.81 ID:LB5Zp+1aO
はぐれメタルの経験値がなんで高いのかって?
そりゃ、勇者達になかなか倒されないから長いこと生きてるわけよ
スライムなんか最初の町出てすぐいるじゃん?
全然長生きできないわけ。だから経験値も少ないわけ
でもはぐれメタルは逃げたりして長生きしてんの
一生懸命生きて、生活してんの
働いたり、恋愛したり、結婚したり、そりゃ一生懸命
結婚したら子供は何匹つくるか悩んだりして
養育費をどうしようとか、小学校卒業したら私立中学校に入れるかとか
ローン組んで一戸建て買うか、それともアパートでこのまま暮らすかとか
安月給で嫁さんに怒られたりとか、それでも嫁さん愛してたりとか
頑張って生きてるわけ。だから人生経験も豊富
そりゃ経験値も高くなるわ

ところでさ、はぐれメタルがなかなか逃げないときあるじゃん
あれってさ、はぐれメタルの親父が時間稼ぎしてんの
子供と奥さんだけは絶対に守りたいから
勇者達が自分に夢中になってる間に嫁さんと子供逃がしてんの
自分が死んでも家族が幸せに生きてくれるならって、自分を犠牲にしてさ
そんなことってできるか普通。自分を犠牲にだなんて
だから、はぐれメタルの親父は本当に偉大だなって思うよ俺




84 :先駆けタンバリンだじぇお ◆DAjeOPNM.Q :2010/11/19(金) 04:36:41.22 ID:LB5Zp+1aO
進学のために実家を離れて一人暮らしを始めた頃のこと。

新しい生活の何もかもが上手くいかなくて、少しまいってた時期があった。
頼れる人どころか友達すらまだほとんどいなくて、気晴らしといったら
実家に用もなく電話することくらい。
といっても、家族に向かって弱音吐くのは 恥ずかしいから当り障りのない
話ばっかりしてたんだけど。

でもある日、母親と電話で話してて、ついポロっとね、きてしまった。
あー、もう実家帰りたいなー、って感じで。
で、うわヤバい!とか思いつつ必死に平静を装ってたんだけど、微妙に
感づかれたらしくて「泣いてんの?」って言われた。
当然私は「泣いてないよ、やだなぁ」って笑って誤魔化して、その時は
それ以上つっこまれることもなく電話を切ったんだけど、その数日後に
母親から手紙が一通届いた。

「あなたがそちらで泣いていても母は行ってあげることができません。
だからあなたが泣いていると辛いです。あまり泣かないで」

文章がクサいよ、母!って思いながら思わず泣いてしまった。
ただ、この人の娘で良かった、って本当に思った。
私はまだまだ頼りなくて弱っちいけど、いつかちゃんと恩返ししたい。
だからお願いします。その日まで元気でいてください、お母さん。




90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 13:01:08.68 ID:kvm1UbwIO
>>82
もう、はぐメタは狩れない
メタキン乱獲してくる




85 :先駆けタンバリンだじぇお ◆DAjeOPNM.Q :2010/11/19(金) 04:53:59.57 ID:LB5Zp+1aO
海軍中尉 富田 修命 二十三歳
台湾高雄西海上にて戦死
九月二十五日一時半、我一生ここに定まる。

お父さんへ、いうことなし。お母さんへ、ご教訓身にしみます。
お母さんご安心下さい。決して僕は卑怯な死に方をしないです。
お母さんの子ですもの。----それだけで僕は幸福なのです。
日本万歳、万歳、こう叫びつつ死んで征つた幾多の先輩達のことを考へます。
お母さん、お母さん、お母さん、お母さん!!
こう叫びたい気持ちで一杯です。何かいつて下さい。一言で充分です。
いかに冷静になつても考へても、何時も何時も浮かんで来るのはご両親様の顔です。
父ちやん!母ちやん!僕はこう何度もよびます。

「お母さん、決して泣かないで下さい」

修が日本の飛行軍人であつたことに就いて大きな誇りを持つて下さい。
勇ましい爆音をたてて先輩がとんで行きます。
ではまた。




86 :先駆けタンバリンだじぇお ◆DAjeOPNM.Q :2010/11/19(金) 05:04:07.47 ID:LB5Zp+1aO

            /^l
     ,―-y'"'~"゙´  |  君はどうして泣いてるの?
     ヽ        ゙':  もさは笑ってる君が好き
     ミ        ミ  もさの願いは一つだけ
     ゙,        'ミ   みんなが笑っていれること
      ,,,,,,       ;:  
    ミ  ミ     彡 :
     `ー-~"゙''´~" "" "

            /^l
     ,―-y'"'~"゙´  |  でもね・・・
     ヽ        ゙':   泣きたいのなら泣けばいい
     ミ        ミ  泣けばスッキリするなら泣けばいい
     ゙,        'ミ   泣きたいのに無理して作る笑顔は嫌い
      ,,,,,,       ;:  
    ミ  ミ     彡 :
     `ー-~"゙''´~" "" "

            /^l
     ,―-y'"'~"゙´  |  自分のために泣けばいい
     ヽ        ゙':  いっぱい泣けばきっと明日は
     ミ        ミ  笑っていられる
     ゙,        'ミ  
      ,,,,,,       ;:  
    ミ  ミ     彡 :
     `ー-~"゙''´~" "" "




87 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 05:32:43.24 ID:jeBEavnx0
うちの猫が死んだ。名前はトラってんだけどとにかくいい奴だった。
ど田舎で近所は200m先なんだ。夜中にトラと遊ぶかーって気まぐれでそとに出て「とらー」って呼ぶ。
すると三分くらいでのこのこやってきて、頭をすりすりしてくる。どんなに家出しても3日で帰ってくるんだ。
でもトラが3日経っても帰らないことがあった、俺は一日家にいるから血眼になって探した。
そしたら倉庫の二階でトラの小さな鳴き声がした。急いで駆けつけると、ネズミ捕りに絡まったトラがいた。俺は笑ながら「バカやろー」「心配させんな」って言いながらトラを救出して綺麗に洗ってやった。
それから半年ぐらいかな。雪も解けた春先、またトラが3日経っても帰らなかった。春だしあいつも発情したのかあー程度に考えてたながらも心配だから探してた。

4日経った朝、家の周りを散歩してたら偶然、倉庫の裏で丸くなってるトラを見つけた。まだ朝は冷えるのにこんなとこで寝るなよ。と思ってトラを抱きかかえて帰宅した。
帰宅後に気づいたんだが、明らかにトラの元気がない。丸くなってるだけで飯も食わない。心配になってずっとそばにいたら、トラが鼻血を出した。鼻血が止まったら今度は透明な液が出てきた。俺はもうパニックで、すぐに病院に連れていった。
獣医さんが言うには車で跳ねられたらしく、頭を強く打っていてながくはないと。今晩あたりには・・・
あまりにも急だったから俺はもう呆然としててトラを家に連れて帰った。トラのことを家族に話てみんなでトラを見守った。
深夜3時過ぎトラが痙攣し始めた。俺はひたすらに「トラー」と叫びつづけた。
またいつもみたいに三分もすれば元気に戻ってくるんじゃないかと思った。痙攣が止まり微かにあった息もなくなった。
ああトラは死んじゃった。しばらく家族は沈黙して、普段はしゃべらない90歳になる祖母が
「頭のいい猫はね、死期を悟ると隠れるんだよ。飼い主に心配をかけたくないからね」
泣いた。ごめんよ。見つけちまって。ごめんよトラ。心配させてくれよ。ごめんよ。




91 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 14:21:28.75 ID:0KfIFOFB0
小さな食堂(夫婦と息子さんで経営。バイトは私だけの合計4人)でバイトをしています。
基本的に調理は旦那さんと息子さんがやっているのですが、付け合せの人参のグラッセなど簡単なものは私が作っています。
昨日最後に来たお客さん(親子3人)が「この人参のグラッセを作ってる人はどなた?」と聞いてきました。
私は不味いと苦情を言われるんだと思い、震えながら「私です」とお客さんがいるテーブルに行きました。
お客さんは私をじろじろと見て「そう、あなたが作ってるの…」と呟きました。
私はもう怖くて怖くて、手をぎゅっと握ってその視線に耐えていました。
そうしたら奥さんの方が「うちの子、人参が大嫌いでどんな料理にしても絶対に食べないの」と言いました。
「それなのに、このお店のグラッセだけは美味しいっていつも嬉しそうに食べるのよ。
良かったらレシピを教えてくれないでしょうか」とメモ帳とペンを私に差し出してきました。
そういうことは店長に確認を取らないといけないので、冷静を装ってと厨房に行きましたが、実際は嬉しくてぼろぼろ泣いてた。
厨房に行くと店長は「話は聞いてた。レシピは教えてやっていいぞ」とレシピのコピーをしてくれていました。
そして「これも持っていけ」とグラッセとうちの一番の自慢のコロッケを渡してくれました。
お客さんにレシピと「これは気持ちです」と料理をテーブルに載せると、子供は満面の笑みで「ありがとう!」と、
夫婦も「このコロッケ凄く美味しくて大好きなんです」って美味しそうに食べてくれました。
このことが本当に嬉しくて嬉しくて、お客さんが帰った後、思わずおお泣きしてしまった。
店長が「料理屋は客に美味いと言われるのが最高の幸せだ。だから今のお前は最高に幸せなんだぞ」と
言って、私が泣き止むまでずっとお店にいてくれました。
お店もここにくるお客さんもみんな大好きだ。




92 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 14:22:15.40 ID:0KfIFOFB0
私たちは、元々親がおらず養護施設で育ちました。
3つ上の兄は中学を出るとすぐに鳶の住み込みで見習いになって
その給料はすべて貯金してました。
そのお金で私は私立の高校、そしてさほど一流でもありませんが
大学へも行けました。
小さな会社ですが就職も決まり、兄への感謝を込めて
温泉へ連れて行きました。
ビールで上機嫌の兄に、「あんちゃんありがとう、
あんちゃんも遊びたかっただろう?」と言うと
「お前憶えてねえんか?『あんちゃん、俺、しあわせになりてえ』って
小6のとき言ったろ?それで決めたんだ、なーんも辛くなかったど
お前を『しあわせ』にしてやるのが俺の夢だったかんな」
自分ではそんなこと言ったなんて憶えてません。
思春期には、金髪で人相も悪く、クチャクチャと
音をたてて食事する兄を恥ずかしく思い、
そんな兄に学校へ行かせてもらうことへの
憤りすら感じてました。
その晩は23歳と26歳の兄弟が布団で抱き合って眠りました。
8年前のことですが、ネタじゃないんですよ
本当の話です。




93 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 14:24:52.60 ID:0KfIFOFB0
おじいちゃんは老いから手足が不自由でトイレも1人では厳しい。
だから、いつもはおばあちゃんが下の世話をしてた。
おばあちゃん以外が下の世話をするの嫌がったからだ。

ある日、家に私とおじいちゃん2人になった。
おばあちゃんが倒れてしまい母と兄は病院、父は会社から直行したからだ。
おじいちゃんと留守番してると申し訳なさそうに
「喪喪ちゃん、悪いんだがトイレに…」って言った。

私は本当に馬鹿だなって思った。
一人じゃ行けないの知ってたくせに気が付いてあげられないなんて
孫、それも女には言いづらかっただろうなって。
トイレに行くとパンパースが小と大で汚れてた。
たくさん我慢させてしまった。

私はおじいちゃんの気を反らそうと学校であった笑い話を精一杯明るく話した。
お風呂場で体を洗ってパンパースつけてホッとした。
同時におばあちゃんは毎日これをしてるんだと思うと何とも言えない気持ちになった。

そして「悪かったね、ありがとう」って五千円をくれようとした。

おじいちゃんは本当に馬鹿だなって思った。
私が赤ちゃんの時、両親は共働きでした。
おしめを変えて育ててくれたのは貴方じゃないですか。
幼稚園だって塾の送り迎えだってしてくれたのは貴方じゃないですか。
あれは無償の愛でしょ?
私はおじいちゃんが大好きだよ?だからお金なんかいらないんだよって言った。
2人してちょっと泣いた。
その日からは介護の人を頼んだり、家族にも頼ってくれたりでおばあちゃんの負担も減った。




95 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 14:36:04.40 ID:0KfIFOFB0
私の父も十数年前に心労が重なって亡くなった。
母は気丈に振舞っていて、女手一つで3兄妹を育ててくれた。
だから子供ながらにいつまでも悲しんでばかりではいけないんだな、と思っていた。

先日実家に帰って掃除をしてたら父が使ってた布団と枕が押入れに入っていた。
枕に顔を押し付けるとほんの少しだけど懐かしい父の匂いがした気がして不覚にも泣いてしまった。

どうにも懐かしくなり、今日この枕で寝ていい?と母に聞いたら
「あらあなたも?」と言われた。

お母さんは今でも時々お父さんの枕を匂いが消えちゃわないように大事に横に置いて寝てるのよ、と恥ずかしそうに言った。
すると急に母がシュンとなり、普段はお父さんと呼んでいるのに○○さん、○○さんと泣きだした。
なんかそれを見たら母と仲がよく、家族にとても優しかった父を思い出して二人で大泣きした。

もう一度会いたいよ、孫の顔を見せたいよ、おとーさん(ノ_・。)




97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 14:36:46.92 ID:0KfIFOFB0
もう亡くなった大正生まれのオイラのばあちゃん、13歳の時に親に売られて満州で売春婦してたそうな。
その時に陸軍の整備兵で好き者やった兵隊さん(オイラのじいちゃん)に「俺の嫁になるなら身請けする」って言って、部隊の工具や備品をパクって売って貯めたお金で身請けして嫁にしたそうな。
(じいちゃんは否定)

終戦迎えて内地に帰って…じいちゃんは小さいながらも某牛乳メーカーの役員まで出世してそこそこ財を作った。
じいちゃん、何歳になっても女好きが治らなかったが、ばあちゃんはいつも「私はじいちゃんがいなかったらボロボロになって死んでたやろうからじいちゃんには何も言えん」って泣きながら笑い飛ばしてた。

しかし、そんなじいちゃんだが、女遊び以外はばあちゃんにむっちゃ尽くしてた。
ばあちゃんが何かのテレビ番組で綺麗な景色見て「いいなぁ…」ってボソッと言ったら、2、3日後にはじいちゃんが「おい!旅行行くぞ!」ってばあちゃんが言ってたところに大名旅行に連れて行ったり…

ばあちゃんが、何気なく肩を自分でトントンしたら、必ずじいちゃんがすぐにばあちゃんの後ろに回って肩叩きしたり…

ばあちゃんの誕生日には必ずウェディングケーキばりのでかいケーキを買ってきて、毎回「こんなでかいの誰が食べるのよ#」ってばあちゃん怒って…

晩年、ばあちゃんが「わたしゃ女郎屋の女でよかった。じゃないとじいちゃんと逢えなかった…」って話をオイラに言った2日後、昼寝したまま綺麗な寝顔のまま永眠したなぁ…


スレチやけど、ふと思い出した

携帯から長文スマソ




98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 14:37:56.09 ID:0KfIFOFB0
俺の仕事は通信関係の現場仕事。もちろん男ばっかりの職場。
ところが1年ほど前から事務に女の子が入ったんだよね
そんなに若くは無いがまぁまぁ美人。性格もさっぱりしてるんだ。
目も見れず、まともに話もできない俺に優しく話してくれて・・もちろんお察しの通り惚れた。
なんと2chも見てるって事で色々わからない事聞いてきたり2chの話題で盛り上がったりもした。
今じゃ冗談を言って も~ なんて軽く叩いたりするスキンシップもある。

もしかしたら・・・と思う気持ちが無いわけじゃない。だが告白なんてできないのは重々承知だ。
俺は、38才デブオタメガネの童貞だ。1年間大事にしてきたこの関係で満足だった。

昨日も仕事が終わり彼女の顔を見に事務所へいったんだ
汗だらけの俺に優しく おつかれさま と声をかけお茶を入れてくれた
いつもの様に至福の時間。このために仕事に行ってると言っても過言ではない。
彼女のPCが調子悪いと言うので直してあげたりした。
そして帰宅・・・・ところが家の鍵を忘れた事に気づき戻った。
ドアが開いてたのでそっと中をのぞくと・・・
そこにはマジックリンと除菌剤を持ってPC、イス、机、俺が触った物全てを掃除してる彼女がいた。

しばらく動けなかった。やっと我に帰り逃げ帰る時、彼女はミューズでゴシゴシ手を洗っていた。

昨日は家に入れず車の中ですごした。涙が止まらなかった。
彼女が出勤する前に鍵をとりにいき家へ帰り、今日は仕事を無断欠勤した。




99 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 15:30:46.89 ID:0KfIFOFB0
1年前に旦那と離婚したんですよ、私の浮気が原因でね。
で、この前初めて面接交渉なるものを体験したわけですわ。正直最初はそんなの簡単だと
思ってたのよ。みんな普通に面会してるからさ。
あのね、私が間違ってた。あれは人がするもんじゃない。神だね、神がするものだよ。
待ち合わせ場所に行く時さ、めちゃめちゃびびってそろ~って車止めてそろ~っと入店したのよ
5分くらいかけてさ。でなんか怖くなって入り口の所でうろうろしてたのよ。
そしたら私を見つけた息子がさ「お母さん」とか言って私の方に走ってきてさ、服の裾をギュッてするのよ
同じ過ちは2度繰り返さないのが私よ。
だから抱きしめたよ。えぇ、そりゃもう抱きしめましたとも。体中の力をふりしぼって抱いたよ。ここがお店の入り口だとかみんな見てるとか化粧が落ちるとか色々忘れてね。
だって「お母さん」って言ったからね。
そしてらエライ事になった。
もうすごい号泣。すごい涙。1デシリットルくらい。この調子で行ったらリアルで「一リットルの涙」になる。
それで前見たら元旦那がなんとも言えない顔で私の事見てんの。ホントごめんなさい。
正直「私が悪かったんだから仕方ない」なんて思わないで最後まで離婚届に印押さなきゃよかったと思ったよ。
心の底から浮気した事を後悔したね。
でも次の日会社で若い子に「すんごい疲れる!離婚するなら子供が居ないうちだね。」とか言っちゃってんの。
ホント私ってクズ人間。
誰か殺して下さい。




100 :1/2 :2010/11/19(金) 15:32:42.17 ID:0KfIFOFB0
彼との結婚を私(25歳)の父と母は猛反対していました。
彼は昔両親を亡くして、祖父母に育てられていました。
そして4年前祖父が亡くなり、彼は32歳になる今まで84歳の祖母と二人暮しでした。
それが反対の理由でした。
「何も結婚してすぐに介護が目の前にあるような結婚をする事はない」と。
結婚を申し込みにきた彼と彼の祖母ににもそう言い放ったんです。
その2日後でした。
彼の祖母が置手紙を残していなくなりました。
仕事から帰った彼からの電話で、私達は必死で探しました。
探して探して探して
空が明るくなりかけた頃、彼の祖父の眠るお墓の前に座りこんでいる祖母を見つけました。
歳も歳だったので衰弱し、そのまま即入院になりました。
その事がきっかけで、私の両親も私達の結婚を許してくれ
結婚式はせず、すぐに籍だけをいれました。
もう10年近く前の話です。
祖母は入院後1ヶ月ほどで亡くなりました。
その時の手紙です。




101 :2/2 :2010/11/19(金) 15:33:23.82 ID:0KfIFOFB0
●●へ(彼の名前)

ばあちゃんは本当に貴方がかわいかった。
貴方のお父さんとお母さんが死んだ時
私のこの先の人生は貴方の為に使っていこうと心に誓いました。
ばあちゃんは年であるしお金もない
何も何も持ってはおりません。
貴方への愛情だけです。
そして貴方はばあちゃんの事をとてもとても大切にしてくれた
とてもとても良い子に育ってくれました
そして人生の伴侶となるべき相手を見付けました。
でもばあちゃんがそれをじゃましているんだね。
幸せになってください。
ばあちゃんは貴方を育てる事が出来た事がとてもうれしいです。
とてもとても幸せでした。
妙子ちゃん(私)と、どうかどうか幸せになってください。




102 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 15:52:52.19 ID:6anFzYvaO
これは泣くというか父母が糞すぎる




103 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 15:56:18.23 ID:0KfIFOFB0
昨年、突発性難聴と診断された妻。病院に通って服薬治療を続けてきた妻だったが、
とうとう先週「このままの聴力で安定して行くでしょう。」と言われて帰って来た。
きっとショック受けてんだろうなーと家に帰ったが、いつも通りのあっけらかんとした妻だった。
「私、手話覚えるしかないかなー。」なんて笑いながら話してた。
(静かな場所であれば、響く様な感じだが聞き取れるし話せる程度)
夜子供が寝た後に、これから必要になるかも…?と、二人でゴロゴロしながら筆談をしてみた。
最初は他愛もない話だったんだが、いきなり妻が「ごめんね。辛くなったらいつでも言ってね?
私こんなんになっちゃって、いつでも離婚しても良いと思ってるよ。」って書いた。

つい大きな声で「お前離婚したいのか?!
耳が聞こえない位で離婚するわけないだろ!バカか!」って言ってしまった。
妻はかぼそい声で「出来る事、一生懸命やるから、頑張るから捨てないでね…」って泣いた。
妻がこの件で初めて泣いたのを見て、俺も泣いた。
ずっと我慢してたんだって。不安だったろうな、辛かったろうな…。
抱き合って泣いてる俺達にびっくりして起きてしまった2歳の娘が、
「おか」~しゃん おと~しゃん 泣かないの ヨチヨチ」ってしてくれた。
この温かい家族をこれからも俺が守って行こうと思ったよ。




104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 15:57:20.24 ID:0KfIFOFB0
学生時代、貧乏旅行をした。帰途、寝台列車の切符を買ったら、残金が80円!
もう丸一日以上何も食べていない。家に着くのは約36時間後…。
空腹をどうやり過ごすか考えつつ、駅のホームでしょんぼりしていた。

すると、見知らぬお婆さんが心配そうな表情で声を掛けてくれた。わけを話すと、持っていた
茹で卵を2個分けてくれた。さらに、私のポケットに千円札をねじ込もうとする。
さすがにそれは遠慮しようと思ったが、お婆さん曰く、
「あなたが大人になって、同じ境遇の若者を見たら手を差し伸べてあげなさい。社会ってそういうものよ」
私は感極まって泣いてしまった。

お婆さんと別れて列車に乗り込むと、同じボックスにはお爺さんが。最近産まれた初孫のことを詠った
自作の和歌集を携えて遊びに行くという。ホチキスで留めただけの冊子だったので、あり合わせの
糸を撚って紐を作り、和綴じにしてあげた。ただそれだけなんだが、お爺さんは座席の上に正座して
ぴったりと手をつき、まだ21歳(当時)の私に深々と頭を下げた。
「あなたの心づくしは生涯忘れない。孫も果報者だ。物でお礼に代えられるとは思わないが、気は心だ。
せめて弁当くらいは出させて欲しい。どうか無礼と思わんで下さい」
恐縮したが、こちらの心まで温かくなった。

結局、車中で2度も最上級の弁当をご馳走になり、駅でお婆さんに貰ったお金は遣わずじまいだった。
何か有意義なことに遣おうと思いつつ、その千円札は14年後の今もまだ手元にある。
腹立たしい老人を見ることも少なくないけれど、こういう人たちと触れ合うことができた私は物凄く幸運だ。




108 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 16:51:59.47 ID:VVTa0kFCO
世界で一番可愛くてだいすきだった曾ばあちゃんが15日に亡くなった。

8年間の短い付き合いだったけど、同じ家に住んだり、一緒に四季の館の温泉に入りに行ったり、お正月には花札やって、夜中に2人でこっそり干しいも食べたり思い出はいっぱい。

白米にのっけて食べたハスカップの砂糖漬けの味、今でも忘れません。

「ばあちゃんそれ美味しいの?」

「うんまいうんまい!騙されたと思って食べてみ!ほれ!」


…衝撃的な味だったよ、ばあちゃん。

あ、大根と蕗の煮付けはいつも美味しかった。また食べたい。
血は繋がってないけど、ものすごく可愛がってくれてどうもありがとう。

会いに行ったら毎回「あら~!また背ぇ伸びた!毎日伸びてるんじゃない?おっきくていいねぇ、わしにもちょびっと分けて!」って笑ってたけど

そんな毎日背ぇ伸びてたら今頃私はチェホンマンを越していた事でしょう。

それは嫌だなあ。

うん、まあ、ばあちゃん、苦しまないで天国逝けて良かったよね。

骨になっちゃったけど、もうバカみたいな話しして一緒に笑えないけど。

とりあえず天国でゆっくりすればいいさ。

94年間お疲れ様でした。




109 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 17:04:59.45 ID:0KfIFOFB0
俺は小学生の頃に母の作った炊き込みご飯が大好物だった。
特にそれを口に出して言った事は無かったけど母は判っていて
誕生日や何かの記念日には我が家の夕食は必ず炊き込みご飯だった。

高校生位になるとさすがに「又かよっ!」と思う様になっていたのだが
家を離れるようになっても、たまに実家に帰ると待っていたのは母の
「炊き込みご飯作ったよ。沢山食べなさい」の言葉だった・・・

会社に電話が来て慌てて向かった病室には既に近くの親戚が集まっていた。
モルヒネを打たれ意識の無い母の手を握り締めると母の口が動いた。
何かを俺に言いたそうだった。母の口元に耳を近づけると
「炊きこ・・・たよ。たくさ・・・・さい」と消え入りそうな声で言っていた。
それが最後の言葉だった。

「ママの作ったスパゲッティー大好き!」口の周りを赤くして
スパゲッティーを食べる娘とそれを幸せそうな目で見つめる妻を見る度に
母の炊き込みご飯が食べたくなる。




112 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 18:04:18.13 ID:0KfIFOFB0
50:おさかなくわえた名無しさん:2006/09/08(金) 03:00:46 ID:QAt0Hee6

ところでさ、一人暮らししてる人は年に何日実家に帰ってる?
俺は仕事が忙しくて夏休み3日正月休み3日の、計年間6日位なんだけどさ。
俺のカーチャン今50歳で、考えたくないけど
女性の平均寿命から考えてあと30数年とするわな。
単純計算すると、あと180日位しか会えないことになる。
冷静に考えてみたら、もう半年しかないんだぜ?
おまえらも数えてみ?
あと何日カーチャンに会える日がある?




113 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 18:17:29.79 ID:0KfIFOFB0
「天国のあなたへ」 

娘を背に日の丸の小旗をふって、あなたを見送ってから、もう半世紀がすぎてしまいました。
たくましいあなたの腕に抱かれたのは、ほんのつかの間でした。

32歳で英霊となって天国に行ってしまったあなたは、今どうしていますか。

私も宇宙船に乗ってあなたのおそばに行きたい。
あなたは32歳の青年、私は傘寿を迎える年です。
おそばに行った時、おまえはどこの人だなんて言わないでね。
よく来たと言って、あの頃のように寄り添って座らせて下さいね。
お逢いしたら娘夫婦のこと、孫のこと、また、すぎし日のあれこれを話し、思いっきり、甘えてみたい。
あなたは優しく、そうかそうかとうなずきながら、慰め、よくがんばったねと、ほめて下さいね。

そして、そちらの「きみまち坂」につれて行ってもらいたい。
春のあでやかな桜花、夏、なまめかしい新緑、秋、ようえんなもみじ、冬、清らかな雪模様など
四季のうつろいの中を二人手をつないで歩いてみたい。

私はお別れしてからずっと、あなたを思いつづけ、愛情を支えにして生きて参りました。
もう一度あなたの腕に抱かれ、ねむりたいものです。
力いっぱい抱きしめて絶対はなさないで下さいね。




114 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 18:29:06.95 ID:N2bFzuiEO
両親と兄弟が事故で死んで遠い親戚に引き取られて義母が亡くなるまで「お母さん」と呼べなかったって話しを葉っぱ生やしながら書いてるコピペが俺的には一番泣ける




116 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 18:35:29.26 ID:wqbwfB8P0
>>114
つべのなら見つけた





115 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 18:31:19.13 ID:0KfIFOFB0
うちの娘3才は難聴。ほとんど聞こえない。
その事実を知らされたときは嫁と泣いた。何度も泣いた。
難聴と知らされた日から娘が今までとは違う生き物に見えた。
嫁は自分を責めて、俺も自分を責めて、まわりの健康な赤ん坊を産むことができた友人を妬んだ。
ドン底だった。
バカみたいにプライドが高かった俺はまわりの奴等に娘が難聴って知られるのが嫌だった。
何もかもが嫌になった。
嫁と娘と三人で死のうと毎晩考えていた。

ある晩、嫁が俺に向かってやたらと手を動かしてみせた。
頭おかしくなったんかと思ってたら、喋りながらゆっくり手を動かし始めた。
「大好き、愛してる、だから一緒にがんばろう」
手話だった。
そのときの嫁の手、この世のものじゃないかと思うくらい綺麗だった。

それで目が覚めた。何日もまともに娘の顔を見てないことにもやっと気付いた。
娘は眠ってたが、俺が声をかけるとニタッと笑った。

あれから三年。
娘の小さな可愛い手は上手に動いてる。喋ってる。




119 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 20:06:48.13 ID:0KfIFOFB0
まだ私が小さい頃、父と母がすでに他界していたためおばあちゃんが私と兄を育ててくれていたのですが、
遠足などある時はいつもおばあちゃんの手作りお弁当を持って行きました。
でも当時おばあちゃんが作るお弁当はおにぎり2こだったので、
同級生の子達のかわいらしいたくさんおかずが入っているお弁当がうらやましかったんです。
お弁当箱もキティーちゃんとかマイメロディーなどのかわいいお弁当箱なのに、
私は銀紙で包んだおにぎり2つだったので、おばあちゃんに対して
「こんな変なお弁当つくらないでよ」
「はずかしいからやだ」とはき捨てたり、せっかく作ってくれてもわざと持っていかなかったり。
そんな酷い孫に対して、おばあちゃんは決して叱ったりしませんでした。
そんなある日、1度かわいいスヌーピーのお弁当箱にハンバーグや玉子焼きが入ったお弁当を作ってくれました。
おばあちゃんなりに他の子達はどんなお弁当を作ってもらっているのか一生懸命考えて作ってくれたのです。
おばあちゃんは、「ごめんね、かわいいお弁当っておばあちゃんの時代なかったからわからなかったのよ・・・
これなら恥ずかしくないかねぇ」としわしわのとても暖かな手でお弁当を手渡してくれました。
今思い出すだけで、私はおばあちゃんになんて酷い言葉を吐いていたんだろう、
なんて最低な子供だったんだろうと涙が出てきます。
おばあちゃんのおにぎりだって、本当はとってもとってもおいしかったのに、
「おいしかったよ」の一言も言わなかった。
本当にこんな酷い孫でごめんねおばあちゃん。

今私は結婚し、子供にも恵まれました。
おばあちゃんに曾孫を抱かしてあげる事ができ、幸せそうなおばあちゃんの優しい笑顔を見ると
これがあの頃の恩返しになれば私も幸せに思います。
うちの子はおばあちゃんの作るおにぎりが大好物なんですよ。もちろん私もです。
ありがとうおばあちゃん。ずっとずっと長生きして下さい。

大好きです。




120 :1/2 :2010/11/19(金) 21:06:07.60 ID:smr5k+nY0
コピペじゃないんだけどいいかな、泣けるかもわかんないけど

俺、知的障害者福祉の事業所でバイトしてるんだ
といっても、ある程度自立した人のお出かけとかの補助に付く程度のもの
俺も入った当初は、障害はもってるけどそこらにいるガキんちょと殆ど変わらない子とお出かけしたりで楽しかった
けど長く勤めてる内にそういう楽な仕事はまわしてもらえなくなって
最近は自分と同じくらいか、若しくはものすごい年配の方ばっかりでうんざりしてた
そんな状態で明日は50近いおっさんとボーリングしてきて、とあったもんだから正直気が重かった
で、当日
事業所に送迎されてきたその人(以下Aさん)と自己紹介し合ったときに俺びっくりw
ずいぶん前に死んじゃった俺のじいちゃんにそっくりなのw
俺おじいちゃんっ子だったから母の田舎に行った時はいっつもじいちゃんと喋ったりしてたのね
もう亡くなって10年ぐらいになるけどじいちゃんの顔とかはっきり覚えてるわけ
このときは世の中にはこんなに似てる人もいるんだな~とかそのぐらいの心境だった
んでそのまま一緒にお出かけして適度によいしょしながらボーリングしたりしてた
すこし舌っ足らずなところあるけど会話も普通にできるし久しぶりに楽なバイトだな、とか思ってた
ただその舌っ足らずな話し方も晩年のじいちゃんにちょっと似ててノスタルジックな気分にもなってた





121 :2/2 :2010/11/19(金) 21:06:53.44 ID:smr5k+nY0
で、事が起きたのが昼食時
俺が何が食べたいか聞くとAさんはしばらく悩んだ末に、ハンバーガーが食べたいって言ったから
しばらく歩いて某チェーン店に入った
俺がそこでハンバーガーを二つ(お金あんまりなかったからw)
Aさんがチーズバーガーを二つ買って対面になるように席についた
Aさんは言葉遣いとかしっかりしてて
「そんな量で大丈夫ですか?」とか明らかに若造の俺にもすごく丁寧な話し方をしてくれてた
いただきますして食べ始めるとそこで俺がちょっとしたことに気づいちゃったの
Aさんの食事の仕方というか咀嚼のしかたみたいなのが死んだじいちゃんに本当にそっくりだった
じいちゃんは生前、俺が遊びに来るたびにおいしいもの用意してくれてて、それをいつも一緒に食べてたから
じいちゃんが物を食べる時の様子なんかは鮮明に覚えてたんだ
顔も似てるAさんがそんなところを見せるもんだから
俺の中でなんかが切れちゃったのかわからないけどつい涙がでちゃったのねw
最初は気づかなかったんだけど自分が泣いてることに気づくとなんか余計に色々思い出しちゃって止まらないのwww
大の男がいきなり泣き出すもんだからAさんも途中で気づいて狼狽しながら
「どうしたんですか?○○(俺の苗字)さん」とか声を掛けてくれた
「なんでもないです」といいつつも涙が止まらない俺にしばらく声を掛けてくれてた
そんななか突然
「泣いたらあかんよ、××(俺の名前)。」ってすごく優しく慰められた
ちょwww俺もう今年で21だぞwwwww
しかもあんたさっきまで苗字で、しかも『さん』付けで人のこと呼んでたじゃんかwwww
いきなり下の名前をじいちゃんにそっくりな顔で、そっくりな喋り方で呼ばれたもんだから
そこでまた号泣www止まらない涙wwww
結局昼間に人でごった返すハンバーガーショップで身長180の男が10分近く号泣してしまった
なんとか持ち直してAさんに謝ったけどその時には元の丁寧な言葉遣いに戻ってた

最近このバイト辛くて楽しいこともなかったけどまたこれから頑張れそうな気がしてきました




122 :1/5 :2010/11/19(金) 21:12:44.13 ID:0KfIFOFB0
0歳
J( 'ー`)し「タカシ・・・元気な子に育ってね」
1歳
J( 'ー`)し「すごいねえ、タカシはもう一人で歩ける様になったんだねぇ」
2歳
J( 'ー`)し「ことばもどんどん覚えていくねぇ、タカシは偉いねえ」
3歳
J( 'ー`)し「随分大きくなったねぇ。子供の成長を見るのは本当に幸せだよ」
4歳
J( 'ー`)し「今年から幼稚園だね、友達いっぱいできるといいね!」
5歳
J( 'ー`)し「あら、エリちゃんと結婚するの?うふふ、カーチャンもうバーチャンだねえ」
6歳
J( 'ー`)し「もう泣かないの。エリちゃんともきっとまた会えるよ」




123 :2/5 :2010/11/19(金) 21:17:20.11 ID:0KfIFOFB0
7歳
J( 'ー`)し「小学校はどーお?うんうん、あら、よかったねえ」
8歳
J( 'ー`)し「え?うーん・・・子供はね、結婚して、一緒に生活してるとできるんだよ」
9歳
J( 'ー`)し「タカシももうお兄ちゃんだね。でも、しっかり者だから安心だねぇ」
10歳
J( 'ー`)し「勉強ができなくても、元気でいてくれればそれでいいよ」
11歳
J( 'ー`)し「あら!こんなにチョコ一杯貰って・・・カーチャン鼻が高いわ」
12歳
J( 'ー`)し「夢は野球選手なんだね。カーチャン何もできないけど応援してるよ」




124 :3/5 :2010/11/19(金) 21:24:37.77 ID:0KfIFOFB0
13歳
J( 'ー`)し「あらあらまた泥だらけになって・・・お風呂あがったらご飯にしようね」
14歳
J( 'ー`)し「あら、部活はどうしたの?・・・そっか、仕方ないよね・・・」
15歳
J( 'ー`)し「来年からタカシも高校生ね・・・ね、カーチャンとちょっと運動しない?」
J( 'ー`)し「あ、ごめんね、嫌ならいいんだよ、ごめんね・・・」
16歳
J( 'ー`)し「タカシ、高校は・・・そうかい・・・頑張ってね・・・」
17歳
J( 'ー`)し「タカシは勉強頑張ってるねぇ。たまには外に出て遊んでも・・・」
J( 'ー`)し「はいはい、お邪魔しました」
18歳
J( 'ー`)し「そっかぁ、就職決まったんだ。カーチャン安心したよ・・・」
J( 'ー`)し「タカシは最近カーチャンと話してくれないから・・・うん、聞いても分からないものね・・・ごめんね・・・」




125 :4/5 :2010/11/19(金) 21:27:39.17 ID:0KfIFOFB0
19歳
J( 'ー`)し「たまには連絡するんだよ。風邪に気をつけてね。毎日三食ちゃんと食べるんだよ」
J( 'ー`)し「いってらっしゃいタカシ・・・」
20歳
J( 'ー`)し「タカシ・・・大丈夫?うん、うん、なら安心だね」
J( 'ー`)し「全然連絡してこないから、カーチャン心配でねえ」
J( 'ー`)し「あはは、そうだね、もう大人だもんねえ・・・」
21歳
J( 'ー`)し「タカシが決めたことなら、カーチャン何も言わないよ」
J( 'ー`)し「初めて入った会社が合うとは限らないもんね」
J( 'ー`)し「また頑張ろう!ね!」




127 :5/5 :2010/11/19(金) 21:37:10.81 ID:0KfIFOFB0
22歳
J( 'ー`)し「タカシ・・・新しいお仕事決まった?」
J( 'ー`)し「大丈夫だよね、カーチャン信じてるからね・・・」
23歳
J( 'ー`)し「ねえ、タカシ、お部屋から出てきてくれるかな・・・?」
J( 'ー`)し「タカシの好きな生姜焼き作ったんだよ・・・」
24歳
J( 'ー`)し「タカシ・・・ねえ・・・」
25歳
J( 'ー`)し「タカシ・・・」
26歳
27歳
28歳
・・・
・・
・ 「タカシが元気でいてくれれば、カーチャンそれで・・・」





126 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 21:32:24.33 ID:+V4Dv1BxO
かーちゃんはやめい




129 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/19(金) 23:40:52.99 ID:0KfIFOFB0
そろそろお婆ちゃんが他界しそうです。
年内中だそうです。この前お見舞いに行きました。
イマイチ、実感が沸かなかった。
もうすぐお別れなんて考えられなかった。
弱々しく、病院のベッドで寝ているおばあちゃん
私の目の前に、今いるのに、もうすぐお別れなんて分からなかった。
喋るのも辛そうなおばあちゃんは、小さな目で私をじっと見ていた
心無しか目が潤んでるように見えた。
手を握ってみた。もの凄くガリガリでしわしわ。握っても、握り返すことは出来ないらしい。
でも妙に暖かかった。お婆ちゃんの体温を感じて私も目が潤んだ。
その時、初めて実感できた。
この暖かい手に触れる事が出来なくなる悲しみ。もう笑顔も見られない。
死なないで欲しい。ずっと生きててほしい。
帰ろうとすると、入れ歯がない口でゆっくりと「いやだ」と言っていた
「これが最後になるかもしれないのに」とも。
おばあちゃんは手を離さないようにしていた。でも弱々しすぎてすぐに振りほどける。
出来ることなら、ずっと握っててあげたかった。
夜中、病院で1人死を待つおばあちゃんの傍にいてあげたかった。
涙をこらえて、「またね」と言った。

今回が多分、私にとって初めて人の死を悲しむ瞬間になるだろう。
夜の電話には怯え続けてる。ずっと一緒に居て欲しかった。
せめて、ずっとお婆ちゃんの手を握っていたい。そう思う。




133 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/20(土) 01:08:59.01 ID:vIhS/yGH0
思い出って言うか最近(先月)のことなんだけど、
うちから2キロぐらい離れた所で夏祭りがあって、
夜、窓から花火を見ていたら、庭に誰かが居た。

よく目を凝らしたら、じいちゃんがばあちゃんの手を引っ張って、
うちの庭で花火がよく見える場所まで連れてきていた。

絵に書いたような九州男児のじいちゃんは頑固で偏屈で、
孫の私にも説教ばっかだけど、若い時苦労した反動か、
早くボケてしまったばあちゃんに凄く優しい。(誰も居ない時は)

婆ちゃんはもう、子供も孫も、じいちゃんも、
周りに居る全部の人がほとんど分からなくなっている。
じいちゃんが手を繋いだら、きっとばあちゃんは知らない男の人が、
手を繋いできたと思ってひどく脅えるだろう。

けれど、じいちゃんはそんなもんに負けない。

二人はずっと手を繋いだまま花火を見ていた。
(多分そうしてないと婆ちゃんはすぐどっかへ行っちゃうから)

私は花火じゃなくてそれを見て、もの凄く綺麗だと思った。
そして、ボケる前の婆ちゃんは花火が凄く好きだった事も思い出してた。

家の中に帰ってきた婆ちゃんに「花火綺麗だった?」と聞くと。
「さっきの??えらい綺麗かったばい、花火、って言うと?」って笑ってた。
じいちゃんは私に背を向けたままシャツ一枚で寝転んでた。

なんだか私リアル厨房だけど、あの二人が手を繋いでいる光景は一生忘れない気がした。




132 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/20(土) 01:00:06.94 ID:eOBMU2NeO
昔はこーいうの平気だったのに




138 :VIPの帝王 ◆koxjyhajbE :2010/11/20(土) 02:43:04.19 ID:tYbrAe5a0
今年、母が亡くなった。

遅い反抗期だったと思う。
中学生まで親に逆らわず良い子だった俺が、高校生になり急に親に反抗するようになった。
母親には罵声を浴びせ、家に帰らない日々が続いた。
高校卒業と同時に家出同然に実家を出た。
最初のうちはそれでも住所くらいは伝えていたが、住所を何度か変えるうち
いつの間にか両親との連絡は一切途絶えてしまっていた。

唯一電話番号を教えていた(それでも一切連絡のなかった)弟から電話が来たのは、
俺の彼女のお腹に子供がいることが判明した今年2月の事だった。
母が倒れたと言う。

両親に対する反抗心はもうなかったが、いまさら帰るのは正直億劫だった。
母が深刻な状態などとは思ってもいなかった。
それでも行く気になったのは、彼女を紹介しようと考えたからだ。

母親が亡くなったのは、翌日俺たちが高速道路を走っている頃だったらしい。
久しぶりに会った親父はひどく小さな背中をしていた。
相変わらずの無骨な声で、「よう」だか「おう」だか一言発しただけだった。
母は俺の記憶とは全く違う老いた顔で、それでも安らかな表情で眠っていた。
涙は出なかった。




139 :VIPの帝王 ◆koxjyhajbE :2010/11/20(土) 02:43:44.81 ID:tYbrAe5a0
葬儀も終わって一週間位たった頃、親父から俺宛にひとつの段ボール箱が届いた。
中身は父の無骨な字で書かれた「母さんの形見だ」というメッセージと大量の手紙、
そして、ひとつの指輪だった。

百通以上はあろうかという手紙は、すべて母が俺に宛てて書いたもので、
俺が家を出た頃から書いていたらしい。母らしい丁寧な字で
ひたすら俺のことを心配する、そして自分の不甲斐なさを俺に詫びる内容だった。
それらの手紙は、親父らしからぬ几帳面さできちんと順番に梱包されていた。

同封されていた指輪にも一通の手紙が添えられていた。
「この指輪は、私のお母さん、つまりあなたのおばあちゃんの形見です。
私が結婚するときにもらったものです。あなたにいい人ができたら、
この指輪をプレゼントしてあげてください。私の両親や私たちのように、
幸せな家庭を築いてください。」

俺は指輪と手紙を彼女に渡して、黙って寝室に行った。
しばらくして彼女が真っ暗な部屋に入ってきて、
俺の背中に背中を合わせて座った。すすり泣いていた。
その時、「あぁ、泣いてもいいんだ」と思った。涙が出てきた。止まらなかった。

母さんごめんな。そしてありがとう。
生まれてくる娘の名前には、あなたから一文字頂きます。
あなたに返せなかった愛情を、そのぶんこの子に与えられるように。
そして、あなたの優しさや強さをこの子に伝えるために。




143 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11/20(土) 08:34:57.88 ID:pu33Rh0rO
オレは小さい頃、家の事情でばあちゃんに預けられていた。
当初、見知らぬ土地に来て間もなく当然友達もいない。
いつしかオレはノートに、自分が考えたすごろくを書くのに夢中になっていた。
それをばあちゃんに見せては
「ここでモンスターが出るんだよ」
「ここに止まったら三回休み~」
ばあちゃんはニコニコしながら、「ほうそうかい、そいつはすごいねぇ」と相づちを打ってくれる。
それが何故かすごく嬉しくて、何冊も何冊も書いていた。
やがてオレにも友達が出き、そんなこともせず友達と遊びまくってたころ
家の事情も解消され、自分の家に戻った。ばあちゃんは別れる時もニコニコしていて、
「おとうさん、おかあさんと一緒に暮らせるようになってよかったねぇ」と喜んでくれた。
先日、そのばあちゃんが死んだ。89歳の大往生だった。
遺品を整理していた母から、「あんたに」と一冊のノートをもらった。
開いてみると、そこにはばあちゃんが作ったすごろくが書かれてあった。
モンスターの絵らしき物が書かれていたり、何故かぬらりひょんとか 妖怪も混じっていたり。
「ばあちゃん、よく作ったな」とちょっと苦笑していた。
最後のあがりのページを見た。
「あがり」と達筆な字で書かれていた、その下に 「義弘(オレ)くんに友達がいっぱいできますように」
人前で、親の前で号泣したのはあれが初めてでした。
ばあちゃん、死に目に会えなくてごめんよ。
そしてありがとう。




147 :1/2 :2010/11/20(土) 12:02:19.33 ID:vIhS/yGH0
腹が減ったと泣けば弁当や菓子パンを食わせてくれた
電気がつかない真っ暗な夜、ずっと歌を歌って励ましてくれた
寒くてこごえていれば、ありったけの毛布や服をかぶせてくれた
何人もの男が怒号をあげて部屋に入ってきたときは、
押し入れに隠してかばってくれた

兄ちゃんは俺の神様で、ヒーローだった
いつだって体を張って俺を守ってくれてた
だから2人きりでもいつだって安心できた
だから全然気付かなかった
ごめんなさい
ごめんなさい




148 :2/2 :2010/11/20(土) 12:03:33.93 ID:vIhS/yGH0
俺に食わすために毎日万引きしてたんだってな
父ちゃんと母ちゃんがお金送ってくれたとか全部うそだったんだな
2人とも借金でどうしようもなくなったあげく俺たちを置き去りにして消えちゃって
でも借金取りの追跡が怖くて
「すぐに帰ってくるから、いないことは誰にも言うな」なんて言い残したもんだから
兄ちゃん誰にも助けを求められなかったんだってな
泣きわめく俺を抱えてどんなに怖かったか不安だったか
だけど見捨てもせず、怒りもせず最後まで面倒見てくれたんだな

結局兄ちゃんが万引きで捕まって、家に警察が来て
呼び出された親戚は兄ちゃんを怒ったけど
たとえほめられた方法じゃなくても
親との約束を守って俺を守った兄ちゃんはかっこよかったって今でも思ってる
それから1週間くらい後だったかな
兄ちゃんが父方、俺が母方の親戚に引き取られた日が
兄ちゃんを見た最後だった
今どこにいるんだよ
元気でやってるのか
会いたいよ、会ってありがとうって言いたいよ
大好きだって言いたいよ
普通の兄弟みたいに遊んだり喧嘩したりしたいよ
あのころは大変だったな、なんてかっこつけて語る兄貴の武勇伝聞いて笑いたいよ
いつか会えるよな、絶対
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