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感動した日本人の話をコピペしていくスレ

103 :日出づる処の名無し:2010/04/12(月) 00:04:19 ID:8g94dbv1
なつかしい静(しい)ちゃん!
 おわかれの時がきました。兄ちゃんはいよ/\出げきします。
この手紙がとどくころは、沖なは(縄)の海に散ってゐます。
 思ひがけない父、母の死で、幼ない静ちゃんを一人のこして
いくのは、とてもかなしいのですが、ゆるして下さい。
 兄ちゃんのかたみとして静ちゃんの名であづけてゐたいうびん
(郵便)通帳とハンコ、これは静ちゃんが女学校に上るときにつ
かつて下さい。時計と軍刀も送ります。これも木下のをぢさんに
たのんで、売ってお金にかへなさい。兄ちゃんのかたみなどより、
これからの静ちゃんの人生のはうが大じなのです。
 もうプロペラがまはつてゐます。さあ、出げきです。ではお兄
ちゃんは征きます。泣くなよ静ちゃん。がんばれ!

 神坂次郎「今日われ生きてあり」より


104 :日出づる処の名無し:2010/04/12(月) 00:05:00 ID:8g94dbv1
上の遺書を託された兵からの手紙

大野沢威徳からの手紙(万世基地にて)

 大石静恵ちやん、突然、見知らぬ者からの手紙でおどろかれたことと
思ひます。わたしは大石伍長どのの飛行機がかりの兵隊です。伍長どの
は今日、みごとに出げき(撃)されました。そのとき、このお手紙を
わたしにあづけて行かれました。おとどけいたします。

 伍長どのは、静恵ちやんのつくつたにんぎやう(特攻人形)を大へん
だいじにしてをられました。いつも、その小さなにんぎやうを飛行服の
背中につつてをられました。ほかの飛行兵の人は、みんなこし(腰)や
落下さん(傘)のバクタイ(縛帯)の胸にぶらさげてゐるのですが、
伍長どのは、突入する時にんぎやうが怖がると可哀さうと言つておんぶ
でもするやうに背中につつてをられました。飛行機にのるため走つて
行かれる時など、そのにんぎやうがゆらゆらとすがりつくやうにゆれて、
うしろからでも一目で、あれが伍長どのとすぐにわかりました。

 伍長どのは、いつも静恵ちやんといつしよに居るつもりだつたのでせう。
同行二人・・・・仏さまのことばで、さう言ひます。苦しいときも、
さびしいときも、ひとりぽつちではない。いつも仏さまがそばにゐて
はげましてくださる。伍長どのの仏さまは、きつと静恵ちやんだつたの
でせう。けれど、今日からは伍長どのが静恵ちやんの”仏さま”になつて、
いつも見てゐてくださることゝ思ひます。

 伍長どのは勇かんに敵の空母に体当たりされました。静恵ちやんも、
りつぱな兄さんに負けないやう、元気を出してべんきやうしてください。

さやうなら



105 :日出づる処の名無し:2010/04/13(火) 18:54:26 ID:hvbegfJt
http://ameblo.jp/jjtaro/entry-10481617027.html

 昭和19年(1944年)3月20日自由インド政府チャンドラ・ボース
「インド国民軍はいまや攻撃を開始し、日本帝国陸軍の協力を得て、両群は肩を並べて共同の敵、
アメリカ、イギリスおよびその連合国に対し、共同作戦を進めつつあり。
外国侵略軍をインドより放逐せざるを限り、インド民衆の自由なく、アジアの自由と安全はなく、
またアメリカ・イギリスの帝国主義戦争の終息もなし。(中略)ここに自由インド政府は、
インドの完全開放の日まで、日本の友情と共に戦い抜くべき厳粛なる決意を布告す」

 インド国民軍、約6,000人がチェロ・デリーを合言葉にインパール作戦に参加し、
日本軍第33師団山本支隊らとインパールに迫るパレルで奮戦しています。
第33師団山本支隊はモーレ、タムを突破し、バレルへ。佐間連隊、はティディムからトイトムへ、
笹原連隊はシンゲルに進出し、開戦わずか一週間で1800両の英印軍自動車部隊を包囲。
その後、33師団はビシェンプールへ進撃し、インパールへ迫ります。

 インド国民軍についてちょっとしたエピソードがあります。
光機関の工作員が敵陣へ近づくと英印軍が射撃してきたため、
インド国民軍の工作員が日本人工作員の前に立ちはだかり、大声で叫びました。
「日本人を殺すな。われわれインド人の独立のために戦っているんだぞ」
 いったん射撃は止みましたが、また射撃してきます。
今度は日本人工作員が立ち上げって両手を広げヒンズー語で叫びます。
「同胞を殺すな。撃つならまず俺を撃て。俺はお前たちに話しに行くところだ武器は持っていない」
 そうすると今度はまたインド工作員が再び日本兵の前に両手を広げて立ちます。
この繰り返しにとうとう相手は根負けし、
英インド軍の一個大隊すべてが寝返ってしまったというものです。




107 :日出づる処の名無し:2010/05/16(日) 22:34:44 ID:jwGYlW4L
ローマ大帝国も、ナポレオンの国でさえも、一度戦いに負ければ亡びている。
私の国のカイゼル陛下にしても、また生前中は神の如く慕われていたヒットラーも、
イタリアのムッソリーニも、戦いに負けたらすべてそのまま残ることはできない。
殺されるか、外国に逃げて淋しく死んでいる。
だから日本の天皇も外国に亡命すると思っていた。
しかし、そんなことは聞かない。だからすでにこの世におられないと思っていた。

ところが最近、日本から来た記録映画を見て驚いた。
天皇が敗戦で大混乱の焼け跡を巡っておいでになる姿である。
しかも、二年もの長い間、北の端から、南の端まで、
焼き払われた廃墟を巡って、国民を慰めておられる。
陸軍も海軍もすでに解体されているのに、一兵の守りもないのに、
無防備のままで巡っておられる。

平穏無事なときでも、一国の主権者が、自分の国を廻られるその時には、
厳重な守りがなされている。
それでも暗殺される王様や大統領がある。
それなのに一切の守りもなく、権力、兵力の守りもない天皇が
日本の北から南まで、焼き払われた廃墟を巡る。国民を慰める。
何という命知らずの大胆なやり方であろうか。
いつどこで殺されるか。こう思って映画を見ていた。
しかし驚いたことに、国民は日の丸の小旗を打ち振って天皇を慰めている。
こんなに美しい国の元首と国民の心からの親しみ、心と心の結び、
これはどこにも見られないことである。
われわれは改めて、日本を見直し、日本人を尊敬しなければならないと思っている。

オットー・カロン博士




108 :日出づる処の名無し:2010/05/18(火) 10:38:20 ID:ryn+PBOg
■トーマス・マン=ドイツ人。作家。アメリカに亡命。

1945年(昭和20年)4月12日にルーズベルト米大統領が急死、
就任間もない鈴木貫太郎首相がアメリカ国民に弔意を表したことに対して


 ドイツではみな万歳、万歳と叫んでいるのに、
日本の首相は敵の大統領の死を悼む弔電を送ってきた。
やはり日本はサムライの国だ。



109 :日出づる処の名無し:2010/06/16(水) 20:44:31 ID:P1DXWZzG
test

110 :日出づる処の名無し:2010/07/19(月) 19:04:21 ID:GQlqRk0h
133 名前:名無し三等兵[]投稿日:05/01/20 13:19:58 ID:F+8WrUWi

呉海軍墓地でお会いしたおばあさんのお話。
軽巡洋艦神通の慰霊碑を一生懸命掃除しているおばあさんが居ました。
私が、「こんにちは、寒いですね。」と挨拶すると、ものすごいチャーミングな
笑顔で、「ああ、こんにちは、さむいねえ。」と答えてくれた。
時間があったので、一緒に掃除の手伝いをさせてもらった。
その時にそのおばあさんから聞いた話。

神通には、おばあさんの初恋の人が乗艦していた。
相手には、おばあさんの気持ちを伝えられないままだった。
あの時自分の気持ちを伝えられなかったのが、今も苦しい。
最後に
「私はね、もうすぐお迎えが来ると思うけど、今からとても楽しみなんよ。
あの世に行って、あの人に会ったら、ホントは私あんたの事が大好きじゃったんよ。
と言うの楽しみ。でもね、あの人は若いまんまで、私はこんな、しわくちゃのおばあさんじゃあ、
笑われるかもしれんねえ。」
と笑いながら話してくれた。

不覚にもお話を聞きながら涙が落ちた。
そしたら、おばあさんが笑いながら、
「ええ若い者が、めそめそしんさんな。
昔の男は、親の死に目に会っても泣かんかったんよ。しっかりしんさい。」
と言ってくれた。

自分の生き方を考えさせられる出来事だった。




112 :日出づる処の名無し:2010/07/20(火) 13:06:16 ID:+lbx97R7
外国人ビジネスマンが多く泊まる、インドのホテルのフロントで騒ぎがあった。
日本人のビジネスマンが何事?とその辺にいた白人客に聞いたところ
「ホテルの部屋が気に入らないと文句を言っている日本人がいる」とのこと。
見れば、片言の英語で「お前達は格下の人種だ、自分たちを特別扱いしろ!」
などと、傲慢不遜な態度で声高に主張する新婚らしきカップル。困るフロント係。

外国人客からは「日本人はそんなこと言わない。お前らコリアンだろ!」と声が上がり
まわりの人間も「そーだそーだ」と、カップルを責める雰囲気に。
そこで件の白人客「ここに日本人がいるぞ!」と叫び、注目を浴びるレス主。
フロント係に助けを求められて日本語で話しかけてみると、カップルしどろもどろ。
いつしか険悪な顔のインド人従業員に囲まれた新婚さん慌てて逃げる。
ホテルの外にも100人を超すインド人が集まっていて、
カップルに罵声を浴びせ石まで投げられる有様。
ほうほうの体で逃げ出すザパニーズの姿に歓喜の声を上げるインド人従業員&宿泊客。

たまたま居合わせただけの日本人ビジネスマンを英雄のように持ち上げ、
熱烈に感謝の言葉を述べては代わる代わる一緒に写真をとったりと、
ホテル挙げての大騒ぎに。
その場にいなかった連れの日本人まで、同様にヒーロー扱いされたという。

なんでインド人のフロントマンが、そこまで日本人に対して感謝感激していたのか
自分もよくわからないし、レス主にもよく理解できなかったみたいなんだけど
「日本人はそんなこといわない」と外国の人が分かってくれてたことが嬉しくて和んだ。




115 :日出づる処の名無し:2010/08/05(木) 00:16:58 ID:TQdqyZYu
幕末から明治にかけて、日本のいたる所が一時、無政府状態になりました。
そこで当時の政府は、土佐藩に大阪の堺を警護するように任命したのです。
 しかしフランス軍艦が許可なく堺港に入港し、そしてフランス水兵が上陸してきました。彼らからすれば、日本人など黄色い猿くらいにしか思っていない、差別の時代です。
 そうした時代の中で、事実かどうかは分かりませんが、しかし日本政府側の資料によると、フランス兵は神社や仏閣に無断で侵入して、そして女性や子供を追い回す醜態ぶりであったそうです。酒に酔っていたのかもしれません。
 そこで土佐藩士数名が現場に向かい、船に帰る様に身ぶり手ぶりで彼らに説得したそうなのですが、フランス水兵たちは、土佐藩士たちを笑い者にして、口笛を吹いたり、踊ったりしてからかったそうです。
 結局、フランス兵が言うことを聞かないので、土佐藩士たちは彼等を逮捕して連行することにしました。しかしフランス兵たちは逃げ出して、そしてその際に土佐藩の藩旗を奪い取るという暴挙に出たのです。
 藩旗を盗まれては、面目が立ちません。そこで土佐藩士はフランス兵に追い付いて刀で切り付けて、藩旗を奪い返しました。するとフランス兵と土佐藩士の間で銃撃戦が始まり、フランス側に十一人の死者が出ました。
 こうしたことを受けて、フランス政府は日本政府に対して猛抗議をしました。
 非があるのはどう見ても、フランス側にも思えますが、しかし実はそのほんの少し前にも、神戸において日本とフランスの間に同じようなトラブルがあった為に、
一刻も早く新政府を作らなければならない動乱期ということもあって、日本政府はフランス側の要求を全て受け入れることにしたのです。
 その要求の中には、遺族への賠償ということももちろん含まれていましたが、加害者二十名の処刑ということも含まれていました。
つまり「非はフランス側にあり、日本側にはないが、しかし今、日本は建国しなければならない大切な時であり、外国と争っている時ではないから、申し訳ないが日本の為に死んでくれ」と、そう時の政府は土佐藩士たちに言ったわけです。
 その申し入れに、土佐藩士二十名は快く承諾しました。そして当時のフランス公使が立ち会いのもとに、処刑、すなわち日本男児の切腹が始まったのです。おそらくその公使も、銃殺くらいに軽く考えて立ち会ったのでしょう。
 まず一人目の男が、フランス公使を睨み付けながらこう叫びました。
「いいか!自分は死ぬが、お前らの為ではない!国の為だ!自分は七度生まれ変わって、お前らを殺してやる!フランス人よ、日本男児の割腹を見よ!」
 そして彼は脇差しを取り、自分の腹を上から下に切り裂き、次に横一文字に切り開き、さらに今度は下から上へと切り上げたのです。
 当時の武士たちは死の恐怖を克服して、「いかに死ぬか」ということにこだわりがあった為に、人に殺されるのではなく、「自ら命を閉じる」ということに美学を持っていました。ですから当時の武士たちは、腹を十文字に切ったり、あるいは横三文字に切って切腹したのです。
 彼は自分の腹を切り裂くと、なんと腹の中から臓物をつかみ出し、公使目がけて投げ付けようとしました。もちろん椅子に座って眺めていたフランス公使は、ただ怯え慌てふためくばかりです。
 それを見て、慌てて介錯人が大刀を振り下ろしました。しかし動揺したのか、介錯人の手もとが狂ってしまいました。周りにいた人々も、驚き、どよめきましたが、すると切腹しているその男はこう言いました。
「なんとせられたか!心静かに!心静かに!」
 つまり切腹する者が、介錯する者や周りの一同を冷静になる様になだめたわけです。
 こうして彼は日本の為に命を燃やしました。一人目の切腹で既にフランス公使の顔は青ざめていたそうです。
 次の男は余裕な表情を見せて、しかもフラスン公使を見つめて微笑しながら切腹しました。こうして三人、四人と凄まじい切腹が続いていくうちに、フランス公使は気分が悪くなり遂には席を立ちました。
 立ち会い人がいなくては、切腹が成り立たない為に、日本の役人たちはフランス公使に席に戻るように説得したのですが、しかし公使は聞き入れず帰ってしまいました。
 これを受けて納得できないのは、切腹する予定であった残りの土佐藩士たちです。彼らからすれば、同じ事件が原因で仲間が国の為に命を投げ出したというのに、自分たちだけ生き残るというのは、何とも卑怯であって我慢ならないわけです。
 しかしその後、彼等はその命を大切に使いました。



116 :日出づる処の名無し:2010/08/05(木) 05:06:46 ID:az1/UIkL
アメリカ 年間勤務時間2300時間 平均年収495万円 時給2,152円
イギリス 年間勤務時間1700時間 平均年収410万円 時給2,411円
ドイツ 年間勤務時間1350時間 平均年収355万円  時給2,629円
フランス 年間勤務時間1350時間 平均年収350万円 時給2,529円
イタリア 年間勤務時間1350時間 平均年収315万円 時給2,333円
オランダ 年間勤務時間1300時間 平均年収385万円 時給2,961円
ルクセンブルク年間勤務時間1250時間 平均年収480万円 時給3,840円

日本 年間勤務時間2450時間 平均年収430万円 時給1,755円

先進国最低レベルの賃金で奴隷のように長時間健気に働く日本人に泣いた

117 :日出づる処の名無し:2010/09/02(木) 16:25:26 ID:NBPSrUht
 昭和二十年三月十日の(東京)大空襲から三日目か、四日目であったか、
私の脳裏に鮮明に残っている一つの情景がある。

 永代橋から深川木場方面の死体取り片付け作業に従事していた私は、
無数とも思われる程の遺体に慣れて、一遺体ごとに手を合わせるものの、
初めに感じていた異臭にも、焼けただれた皮膚の無惨さにも、
さして驚くこともなくなっていた。

午後も夕方近く、路地と見られる所で発見した遺体の異様な姿態に不審を覚えた。

 頭髪が焼けこげ、着物が焼けて火傷の皮膚があらわなことはいずれとも変りはなかったが、
倒壊物の下敷きになった方の他はうつ伏せか、横かがみ、仰向きがすべてであったのに、
その遺体のみは、地面に顔をつけてうずくまっていた。

着衣から女性と見分けられたが、なぜこうした形で死んだのか。

 その人は赤ちゃんを抱えていた。
さらに、その下には大きな穴が掘られていた。

母と思われる人の十本の指には血と泥がこびりつき、つめは一つもなかった。



118 :日出づる処の名無し:2010/09/02(木) 16:26:20 ID:NBPSrUht
どこからか来て、もはやと覚悟して、指で固い地面を掘り、赤ちゃんを入れ、
その上におおいかぶさって、火を防ぎ、わが子の生命を守ろうとしたのであろう。

 赤ちゃんの着物はすこしも焼けていなかった。
小さなかわいいきれいな両手が母の乳房の一つをつかんでいた。
だが、煙のためかその赤ちゃんもすでに息をしていなかった。

 わたしの周囲には十人余りの友人がいたが、だれも無言であった。
どの顔も涙で汚れゆがんでいた。

一人がそっとその場をはなれ、
地面にはう破裂した水道管からちょろちょろこぼれるような水で手ぬぐいをぬらしてきて、
母親の黒ずんだ顔を丁寧にふいた。

若い顔がそこに現れた。
ひどい火傷を負いながらも、息の出来ない煙に巻かれながらも、
苦痛の表情は見られなかった。

 これは、いったいなぜだろう。美しい顔であった。
人間の愛を表現する顔であったのか。

 だれかがいった。

 「花があったらなあ――」

 あたりは、はるか彼方まで、焼け野原が続いていた。

私たちは、数え十九才の学徒兵であった。
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